第2話 昼下がりの食堂

「……それで午前中ずっと寝ていたの? 何というか、良いご身分ね」


 食堂でお昼ご飯を食べるときに、瑞希からそんなことを言われてしまった。

 指摘、ってことになるのかもしれないな。


「……良いだろ、別に。今日は受ける講義が午前中になかったんだよ。昼もどうせなら家で食べても良かったんだけれどさ。ほら、ここ安いだろ」


 列に並ぶこと自体はデメリットとも言えるけれど、それはどのお店だってあんまり変わらないと思う。

 券売機はあるけれど、二台しかないので一台が故障してしまったら、混雑は避けられない。


「……ところで今日のご飯は何にするのかしら? やっぱり日替わりのワンコイン定食?」

「今日のメニューは何だったっけ? アジフライ?」


 メニューが固定されていないのだけれど、日替わり定食が五百円で食べられるのは大変有難い。この辺りは割と物価も高いので、ランチを食べようと思うと普通に千円ぐらいになってしまう。

 サラリーマンなら別にそれぐらいどうってことないのだろうけれど、ぼくは大学生だ。バイトもせずに学業に勤しんでいる――ってのは、自分を正当化しているだけに過ぎないのだけれど。


「……わたしは何にしようかなあ。日替わりの麺類は何かな?」


 瑞希が明言したので、日替わりのもう一つのメニューについても触れる必要があるだろう。日替わりの麺は、何が出るかお楽しみ。とはいえ、学生食堂の設備で出せるものなんてたかが知れている。大体、そばかうどん、パスタかラーメンというのが定石だ。


「今日は、ボンゴレビアンコだよ」


 ボンゴレビアンコ……聞いたことがあるような、ないような。ビアンコって何か何処かで聞いたことがあるような気がするし、そこに付加価値があるのだと思うけれど。

 そもそも、ボンゴレって何だっけ? アサリを使ったスパゲッティだったかな?


「因みにボンゴレネロというのもあるよ。……こっちは珍しいんじゃないかな? うちのシェフがたまには凝ったものを作りたい、なんて言い出したから知恵を絞ったのさ、ないなりにね」


 最後に皮肉を飛ばすあたり、いつもの食堂のおばちゃんではあるのだろうけれど、しかしながら一つの単語を処理しきれないうちに新しい単語が出てくるのは、ちょっとばかり困る。オーバーフローしかねない。


「こんなんでオーバーフローしていたら、アンタのCPUどうなっているのよ……。良い? ビアンコもネロもイタリア語の講義で習ったじゃない。……あれ? イタリア語、受けているよね?」


 受けているよ。フランス語にするか悩んだけれど、フランス語は正直何言っているかも分かんなくてな。

 イタリア語ならイタリア料理のレストランとかよくあるし、そこの知識を活かせば行けるんじゃないかな――などと思っていたのだけれどね。実際は失敗して、とても眠いのだけれど。毎回コーヒーでも飲まないとやってられないよ。


「それ、受ける気があるんだかないんだか分からないね……。まあ、それはさておき、何にするか決めたの? 決めていないなら早く決めておかないとだけれど」

「あー……そうだな。おばちゃん、今日の日替わり定食は何だったっけ?」

「アジフライだよ」


 概ね予想通りだった――何せスケジュールは大体決まっているのだ。それぐらい分かるのは当然と言って差し支えない。

 けれども、今はアジフライっていう感じではないな……。ここの食べ物は大体五百円で食べられちゃうから悪くないのだけれど、もっと何か変わったものが食べたいような、食べたくないような……。


「今日のおススメランチにしたらどう?」


 おススメランチか……、それは盲点だった。六百円という、他のメニューの中でも高めになるのは欠点だけれど、その分豪華なメニューを食べることが出来る。

 こないだは確かカオマンガイが出たとか聞いたことがあるな……。その前はガパオライス、さらにその前はルーローハンだったらしい。さて、今日のメニューは……。


「今日はよだれ鷄だよ」

「……何ですと?」


 よだれ鷄って聞いたことがあるようなないような。でも、鷄って付いているのだし、鶏肉を使う料理であることは間違いなさそうだ。

 これで牛肉百パーセントだったら、それはそれで度肝を抜くことになるのだけれど。


「……よだれ鷄にします」


 うん。たまには冒険するのも悪くないだろう。

 どういうメニューが出てくるのか、少し気になるし。

 でも、正直汚い名前ではある――だってよだれって付いているんだぜ? 生産者には失礼かもしれないけれど、しかしてそのネーミングセンスを疑っているのは紛れもない事実だったりする訳で。


「辛いけれど、本当にそれで良いのかい?」


 後悔しませんね? と言われている気分だ。

 だが、ぼくは後悔しない――する訳がない。冒険をするのは、紛れもなくぼくの意志なのだから。

 そう自己完結させつつ、ぼくは改めてよだれ鷄を注文するのだった。

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