第3話 殿が討たれた

元亀2年8月(1571年)、殿が討たれた。


侍女のいとが急ぎ足で戻ってくると耳元で囁いた。

「見知らぬ武士が二十人ほど西の館にいます。たか様の里方の兵のようです。」

「おかしいわね。殿の留守中に里方とはいえ他家の兵を城に入れるなんて。高木どのが承知のことか、直に聞いて来て。」と、いとを使いにだした。


程なくして「一つ取ったら酒を買い、二つ取ったら嫁もらい、大将首で家建てる。」と、雑兵の一団が歌いながら巡回してきた。「・・・家建てる・・・」のところで槍を上げて奇声を上げている。


いとが言うには、高木様はご存じなかった。

大方の兵は殿に従って出払っているため荷運びの百姓衆に兵の格好をさせた。歩かせてみたがバラバラで隊列も組めず弱々しい。仕方なく大声を出させたら兵らしくなった。

「なにも無ければそれで良い、しかと見張って閉じ込めておけ。」と命じられたそうだ。


夕刻、辰市城から伝令が来た。お味方大勝利・・・それにしては動きが無い・・・

夜半、人目を避けるようにして殿の守り役で此度の留守居役の高木どのが来られた。

「入道様のご指示です。和子様を連れ、急ぎ城を出て下さい。此度のこと、腑に落ちぬ事があり調べが付くまで隠れていて下さい。見込み通りなら追っ手がかかるでしょうから里方には近づかぬ方が良いかと・・・供の者に案内させます。少々遠くではありますが信のおける者ゆえ、お二方を守り抜いてくれましょう。」


殿が討たれた・・・殿が討たれた・・・言葉が頭の中で繰り返す。

輿入れに従ってきた者達が周りに気づかれぬよう静かに抜け出す準備をしている。

順清様から頂いた守り刀、忘れないで・・・。


従う者は乳母と乳母の子、付け人二人に侍女二人。月明かりを頼りに山を下って行く。

山裾に着くと、「我らはここまで、半町ほど先、大楠の辺りで案内の者が待っています。追っ手が来ないか、ここで見張ります。」

黙礼をして先を急ぐと大楠の下で金剛杖を持った男が一人、背負子(しょいこ)を脇に置いて待っていた。男は蔵倫寺の寺男、甲介と名乗った。

「脇道に入るまで休まず歩いて下さい。夜が明ける前に川を渡れと言われました。」手荷物を受け取り背負子を担ぐと先に立って歩き始めた。


松永久秀に加担し、殿を襲う・・・いくら我が子を城主にしたいが為とは言え度が過ぎる。

同族3家から側室を娶ったのも一族の結束を計る為、正室は他家からが大殿のお考え、我らが子は城を守る兵になるのが努めなのに・・・


大和川を渡り、生駒を抜け、淀川の近く、森口の里に夕刻ついた。

この里が私の終の住処になった。


順清様が亡くなって二年後、入道様が亡くなられた。突然の訃報であった。

太刀と一幅の絵が甲介によって届けられた。


入道様の喪が明けた頃、この家の主の妻になった。名も変えた。

風の便りに岩掛城に残してきた侍女達が折檻され亡くなったと聞かされた。我らの行方を血眼で追っているらしい。


この屋敷の周りには入道様や殿に仕えていた者達が集まって来ている。

家とは言えない小屋に住み、人足や淀川の船頭になって日々の糧を得ている。

見かねた主どのが田畑を開放し、米作りを勧めた。このことが後々、我らの助けになった。

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