金の王 2

 王城に着いてすぐに、一行は国賓用の応接間へと通された。無論、意識のないレクシリアだけは別室のベッドに寝かされているが。

 なんだかんだでここまで連れてこられてしまった少年は、金糸で刺繍が施されている豪奢で柔らかなソファに恐る恐る座りながら、あまりの居心地の悪さにずっと下を向いていた。

 そんな少年に、隣に座っているグレイの探るような視線が突き刺さり、彼はますます委縮してしまう。そんな少年の様子を見かねたのか、王が少年の頭を撫でた。その際に少年の肩がびくりと跳ねるのは、当然のごとく気にする様子がない。

「そうじろじろと見るな。キョウヤが怖がってしまう」

「いや、本当にオレに似ているなと思いまして。そういえば、国王陛下はその理由についてご存知なんですよね? そろそろ教えて貰えませんか?」

 口調こそ丁寧だが、醸し出す雰囲気が、教えないとただじゃおかねぇぞ、というグレイの内心を伝えてくる。だが、別に隠すつもりなど最初からなかった王は、グレイの予想に反してあっさり頷いた。

 グレイが自分と似ている点については少年も気になっていたので、そっと耳を傾ける。

「確証はないが、まあ、別の次元での兄弟だとか、大方そんなところだろう」

「……ハァ? どういうことだ」

「そのままの意味だ。魂というものは、基本的に輪廻の中にある。例えばお前が死ねば、お前の魂は輪廻を経て再びどこかに生まれ落ちるわけだが、その先が同じ次元とは限らんという話だよ。だがまあ、魂はひとつしかないのだから、基本的に同じ時間軸に同じ魂が二つ存在することはあり得ない。しかし、そこでまた厄介なのが、次元を隔てれば時間軸もずれるという事実だ。それにより、すべての次元を眺められる大局的な視点、まあいわば神の視点なわけだが、そこから見れば全く同じ時に同じ魂が二つ存在する、ということもあり得てしまうのだ」

 王の説明に、既に少年は理解することを諦めそうになっていた。少年には難しくて、内容がよく判らないのだ。しかし、それはどうやらグレイも同じだったようで、彼は眉を寄せて王を睨んだ。

「おい、要点がはっきりしねェ。もっと簡潔に話せ」

「つまりだな、キョウヤは恐らく、どこか別の次元のお前の血縁者の魂が、この世界にリサイクルされたものである可能性が高い。無論、この世界のキョウヤの血縁者の魂がリサイクルされたのがお前だ、という可能性もあるが、どっちにしろ変わらん。順番など、大して意味を持たんからな」

「……ということは、オレとこいつは……?」

「いつかどこかの次元で血縁関係にあっただろう、他人だ」

 結局のところ、他人らしい。

 なんだそのオチは、と思ったグレイだったが、まあこの王が言うからにはそうなのだろう。

 だが、王は少しだけ考えるような顔をしてから、しかし、と口を開いた。

「ことお前に関しては、基本法則が成り立たない可能性がある」

「……オレがエトランジェだからか」

「ああ、お前は元々この次元にとっては異物だからな。基本的に同じ次元に同じ魂が複数存在することはあり得ないが、お前はその法則の外にある。これにより浮上するのが、お前とは別にこの次元のアマガヤグレイがいるという可能性だ。だからと言って何がどうということはないから、特に気にすることもないだろうが。ただまあ、キョウヤが本当にエインストラで、その血縁者としてのアマガヤグレイが存在していた場合、お前とそれを混同した帝国が、間違ってお前を狙うことはあるかもしれんな」

 さらっと飛んでもないこと言った王だったが、その可能性は低いだろうし、グレイはそれについては気にしないことにした。

 一方の少年は、やはり王の説明は難しく、いまいち理解できなかった。判ったことと言えば、グレイと自分が他人だということくらいである。

「あ、あの、そういえば、えいんすとら? って、」

 そういえばそれについても説明して貰えるはずだった、と思った少年が言いかけたとき、扉をノックする音が部屋に響いた。

「どうぞ」

 赤の王が扉に向かってそう言えば、ゆっくりと開いた扉からギルヴィス王が入ってきた。彼一人しかいないところを見ると、どうやら付き人もつけずに来たらしい。

「お待たせしてしまい申し訳ありません」

「いいや」

 赤の王が笑ってそう言えば、ギルヴィスも微笑みを返した。

「それじゃあ、オレは休ませて頂いてもよろしいですか? なにせどこぞの王陛下が無茶を言ったせいで、ろくに眠れていないものでして」

「それはすぐに休んだ方が良いですね。部屋を用意させましょう」

 そう言って使用人を呼ぼうとしたギルヴィスだったが、グレイがそれを制止した。

「お心遣い感謝しますが、そこまでお手を煩わせるわけには。ロンター宰相と同じ部屋で休ませて頂きますので」

「しかし、あの部屋にはベッドがひとつしかありませんよ?」

「空いてる隙間に適当に潜り込むので、大丈夫です」

 どうやら同じベッドで眠るつもりらしいグレイに、少年は少しだけ驚いてしまった。自分だったら、誰かが隣にいるような落ち着かない状況で眠るなんて不可能だ。そもそもあの宰相は体格が良いし、一緒のベッドに入るのは窮屈そうである。

「そうですか。それでは、ロンター宰相がお休みになっている部屋まで案内させましょう」

 少年のやや的外れな心配をよそに、グレイはギルヴィスに命じられてやってきた女官に連れられ、出て行ってしまった。どうやら本当に同じ部屋で休むらしい。

 そこまでの流れをぼうっと眺めていた少年は、部屋に残った面子を改めて認識して、グレイと一緒に出て行けば良かったのではないかと今更ながらに思った。いや、グレイだって多分高貴な人のようだし、一緒にいて居心地が良いわけがないのだが、それでも今の状況よりは幾分か良かっただろう。

 隣に赤の王、正面に金の王。とてもではないが、一般庶民の少年が存在して良い場所ではなかった。

 内心でおろおろしている少年をよそに、至極真面目な表情をしたギルヴィスが、赤の王を見据えて口を開いた。

「ロステアール王、率直にお尋ねします。キョウヤさん、でしたね。彼は何者なのですか?」

 何者もなにも、ただの一般庶民である。

「ふむ。何者か、ときたか。失礼ながら、その質問の意図をお聞かせ願おうか」

「ロステアール王が深く関わり、お守りした方です。ただの一般市民であるわけがない。可能であれば、私にも教えてください。彼がギルガルド国民ならば、私には王として彼を守る義務があります」

「……と、言われてもな。そもそも、キョウヤが連中に狙われるきっかけを作ったのは私なのだ。私のせいで危ない目にあってしまったのだから、それを守るのは当然のことだろう」

「そのお言葉は尤もだと思います。しかし、本当にそれだけですか?」

 ギルヴィスの言葉に、彼をまじまじと見た赤の王は、次いで笑みを深めた。

「いや、やはりギルヴィス王は優秀な王だ。その歳にして人の心の機微を読み取れるとなると、末恐ろしいな」

「え、あ、いや、そのような、……ありがとうございます」

 急に褒められて驚いたのか、ギルヴィスは真剣な表情を崩して照れ笑いのようなものを浮かべた。

「貴殿の言う通り、それだけではない。いや、恥ずかしい話なのだが、私はキョウヤに惚れていてな。愛した子を守るために必死だったのだ」

 この期に及んでまだそんなことを言っているのかこの人、と思った少年だったが、勿論口にはできないので黙っている。しかし、こんな話をギルヴィス王が間に受ける訳がない。ギルヴィス王はまだ幼いが、民からは名君であると尊敬されているお人だ。そんなお方がこんな世迷言で納得するなど。

「なんと! 想い人なのですね! それはおめでとうございます!」

(納得、しちゃった……) 

 呆然とする少年をよそに、ギルヴィスは何故だか知らないがとても嬉しそうだった。

「お二人はもうお付き合いされていらっしゃるのですか?」

「いや、キョウヤは少々恥ずかしがりやでな。心の準備をする時間が必要なようなのだ」

「ああ、確かに、偉大な王の恋人となれば、それは準備も必要というものでしょう。しかし、本当にめでたいことです。心より祝福申し上げます」

「ああ、ありがとう」

 少年をそっちのけでどんどん会話が進んでいるが、少年は少しどころか盛大に待って欲しかった。色々とおかしいというか、最早おかしくないところがない。だが、だからと言って王同士の会話に口を挟む勇気もない。

「キョウヤさんも、おめでとうございます」

「え、あ、えっと、僕は、その、…………はい……」

 ものすごく歯切れが悪い肯定を返し、少年はぎこちなく微笑んだ。笑顔のギルヴィス王の祝福を否定することなど、庶民の少年にはできなかったのだ。

「まあ、私の方の理由はそれだけと言ってしまえばそれだけなのだが、どうやら帝国側にとってはそうではなかったようでな」

「と、言いますと」

「これは正真正銘私も想定外のことだったのだが、どうやら帝国は、キョウヤをエインストラだと思っているらしい」

 その言葉に、ギルヴィス王が目を見開く。

「エインストラ!? それは本当なのですか!?」

「帝国がそう思っているだけだ。……が、今思えば、キョウヤの右目が特徴的なのは、それが理由なのかもしれんな」

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