第4話 叱責
哲也はバツの悪そうな顔をして、風間や龍司をはじめとする職員達に囲まれており、静香の事で叱責を受けている。
「貴方ね、本当に職員を目指してるの!? 障害者の対応が全然なってないわ!」
職員はやる気ゼロの哲也の勤務ぶりを口々に責めており、哲也はしゅんとしている。
「まぁ、彼は経験が全くないんだ、こればかりは仕方ないんだ。静香さんの事は私達が対応するからさ」
龍司は、周りと同じように説教をせずに、冷静に優しく、ひねくれた考えを持っている哲也に優しく語りかける。
「いやでも、あの対応はちょっと……」
「ねえ、檜山さんに柏森さんの病気の事は詳しくは教えてなかったのかな? 逆に聞きたいんだが……」
龍司は風間に冷静に尋ねる。
「あ、いえ……個人情報の事なので、部外者には話したくはなかったのです。まだ檜山さんは正式に採用されてなくてボランティアのような立場だと認識していたので。話した方がよかったですか?」
「うーん、ちょっと彼女の特性は独特だからね、話した方が良かったのかもしれなかったね」
「そうですか……」
哲也は彼らのやりとりを聞いて、静香が何か大変な障害なんだなと察した。
「説明するね。柏森さんの障害はPTSDと鬱病なんだ。昔、東日本大震災ってあったろ? 彼女は目の前で津波で親御さんを失ってしまい、お兄様と暮らしているんだ。地震の時の衝撃で心を閉ざしてしまった。彼女はいつもパソコンでひまわり畑を見ているんだが、あれは地震が起きる前に家族で出かけたひまわり畑だ。彼女にとってあれを見ている瞬間が忌々しい記憶から逃れられる。架空の安らぎだったんだ……」
「……」
「君にこの事実を話さなかったのはこちらにも非はある。君はこのまま普通に業務をこなしてくれればいい。採用するかしないかは私が決めるからね」
「は、はぁ……」
哲也は静香の事情を聞いて、自分では治せない心の傷をどうしたらいいのか意気消沈している。
数分の静寂が流れた後、社内スマホの着信音が流れ、風間は慌てて着信をとる。
「はい、就労移行支援事業所『ナイト』ですが……え? 無事保護されたのですか? 分かりました、会社の者とお伺い致します」
電話は切れ、風間は安堵して口を開く。
「柏森さんが見つかったそうです、警察で保護していると」
「そうか、迎えにいってくるよ」
龍司はそう言い、ハンガーにかけている紺のブレザーを手に取り袖を通す。
「それと、檜山さん、3日猶予をやる。その間に柏森さんにどうすれば許して貰えるか考えててね。それ次第では採用するかどうか決めるからさ」
「は、はぁ……」
哲也は静香が見つかった事に安堵をしたが、もし死んでたらどうやって責任を取ればいいのかぞっとし、背中に冷たい汗が一筋流れた。
****
静香が発作を起こして、気分が悪くなって、駅でうずくまっているのを発見されてから数時間後、哲也は風間達先輩職員に説教を散々受けた後、家に帰りシャワーを浴びて寝巻きがわりのスウェットに着替えてベットの上にいる。
(俺はあの子にどうやって許してもらえればいいんだろうなあ、よく分かんねーけど。でも、仕事が決まらないのは嫌だしなあ。よく分かんねーし……)
テレビからは丁度東日本大震災の特集が組まれており、あの日からもう10年近い年月が流れたんだなと哲也はため息をつく。
そこには震災で失われたひまわり畑がやっており、また新しく花を咲かせたとテレビには映っている。
ピンポンとインターホンが鳴り、誰だよと玄関を出ると、隣の部屋の住民が知的障害の息子と一緒に立っており、手には折り紙で作られた鶴が握られている。
「おにさん、あげる!」
「?」
「あのすいません、うちの子、昼間通ってる施設で折り紙を作ってて、うまくできたので周りに配りたいって言ってて配ってるんですよ。嫌でしたら頂かなくても結構ですので……」
隣にいる母親は既に高齢の域に達しており、息子はもういい年した大人であり、行く末が地獄だなと哲也は容易に想像ができた。
「ありがとう。受け取りますね」
哲也は折り鶴を受け取ろうとすると、息子の手に補助器具が付けられているのが目に入り、衝撃を受ける。
「あ、あの……気を悪くしたら申し訳ないっすけど、この子って、身体が不自由、っすか……?」
「え、ええ。知能と身体に障害があります」
「……」
刹那、哲也の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「あ、あの、何か……?」
「あ、いえ、何でもないすよ。ありがとうね、ではまたね」
自分が泣いているのを悟られないように、慌てて扉を閉め、部屋に戻り折り鶴をテーブルに置く。
(こんな、不自由な人でもやればできるのか。俺は今までなんて酷い考えをしてたんだろう。可哀想だったのは狭い視野でしか物事を捉えてない俺自身だったんだ。柏森さんの件は自分の為にやろう……でもどうしたらいいんだろう?)
付けっ放しにしているテレビには、『福島県○○市○○町ひまわり畑』と出ており、哲也は静香の見ていたひまわり畑をググると同じ景色が見えており、何か脳髄に閃いたものを感じ、むくりと立ち上がった。
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