「ねえ……。

 自分が死んでも誰一人悲しんでくれないなんて悲観する人もいるけど、それって愛がないと思わない?

 私はみんなに悲しんでもらいたくない。

 私との思い出で笑って欲しいよ」

 マサミがそう呟くと赤ラークをくわえた。


 ヤダガミをシメてから一ヶ月以上すぎた金曜の深夜のことだった。


 クラブ”アン・グラ”で行われたストリートダンスイベントにゲストで呼ばれていた俺たちは出演を終え、コンビニの駐車場で店内の明かりを背に座っていた。

 マサミはピンクのだぼっとしたパーカーに同色でサイドに白のラインが入ったスウェットパンツをはいていた。


 季節は初夏だった。


 クラブにいる間に通り雨でも振ったのだろう道路は湿っていて、生ぬるい空気を吸い込んだのを覚えている。

 アメ車に乗ったラッパーが”ドクタードレー”を大音量で流しながら通り過ぎ、そいつに酔っぱらった四人組のBガールが奇声を上げながら手を振っているのをキャバクラの禿げた店員がウザそうな顔で見ていた。

 それがなんか笑えて、その事を伝えようとした時、マサミが呟いた。


 マサミはパーカーのフードを深く被っていた。


 キャラメル色の前髪がパーカーのフードからはみ出ているのがすげー可愛いと思った。


 あの時、俺はなんて答えたのかは覚えていない。


 特に大した意味はないと思ってただろう。


 適当な返答をして、その後、相変わらずあそこで振りを間違えそうになったとか、ほかのチームをあれこれ評価したりしていたと思う。

 それとも、早めに切り上げて、ラブホか自分の部屋でセックスやりたいとか考えていたかも知れない。


 あの時、本気でその言葉を受け取っていたら、マサミは死なずに済んだのだろうか。


 だけど、それなんて普段言い合っているジョークよりも本気になんて出来なかった。


 その数日後の深夜、マサミは自分が通っていた高校の屋上でヤダガミに刺されて死んだ。


 ヤダガミもその後、屋上から飛び降りて死んだ。


 ヤダガミをシメた後も、けして油断なんかしていなかった。

 ただ、マサミが奴の呼び出しに応じて会いに行ったのだ。

 何故会いに行ったのか、誰にも告げず、何故会いに行ったのか、俺には理解できない。


 ただ、思い当たる事と言えば、マサミは優しすぎた事、それだけだった。

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