第3話 星喰堂

 客を招く夜以外は、比較的自由な時間が与えられていた。大半の花売りは館に残り、大部屋や談話室で情報交換をしている。ヨアンの鉱玉化も誰かの耳に届く頃だろう。

 ルシアンのように外出を好む花売りは少ない。特に初物たちは病の感染を恐れ、部屋に引きこもっている。

 館の正門から一歩踏み出せば、其処は無法地帯だ。ルシアンは慣れた足取りで路地を抜け、禽舎の大通りへ赴いた。

 飲食店や雑貨舗、花売り斡旋所の看板が無秩序に並んでいる。少年の足を止めようと、客引きたちがしきりに声をかけてくる。制服姿は丁度いい目くらましだ。彼らはルシアンを居住区の生徒と思い込んでいる。無知な少年を装って首を傾げれば、薄暗い路地へ連れ込まれた。客引きが夢中になっている間に、金品を奪うのがルシアンのやり方だった。

 制服のポケットに蒼銀貨を入れ、少年は飲食店を探し歩いた。

月蒼祭が近いのか、通りを歩く人々の中には水晶環を嵌めた異邦人が目立つ。月蒼祭はカノープス中の芸術作品が集まるラル・パブテスマ最大の祭典だ。花売りの館も画廊として開放され、賑わいを見せる。

 ラル・パブテスマの住人と区別をつけるため、街を訪れた商人や旅行者には水晶環の着用が義務づけられていた。水晶環に封じられた鉱玉の粉が淡い光を放ち、宙に虹色の放物線を描いた。

 ふと、少年の足が止まった。黒塗りの建物は老朽化が激しく、店舗の看板も下げられている。店の名残を残す硝子扉の前に妙な天幕が張られていた。木製看板には星喰堂と店名が刻まれている。聞いたことのない名だ。

 頂で輝く三日月のオブジェに惹かれ、ルシアンは蒼の布地に手をかけた。

「やあ、いらっしゃい。お兄さん」

 てっきり青年が出迎えるものだと想像していたルシアンは、耳に届いたソプラノにはっと顔をあげた。

 天幕の中心で、ひとりの少年が何かを焼いている。網の上で薄桃色の肉塊がぱちりと弾ける。少年はトングで分厚い肉を裏返す。簡易机に置いた小瓶の蓋を開け、網目がついた表面に蜜をかけた。香ばしいかおりが辺りに立ち込め、ルシアンは無意識に腹部を押さえていた。机に並ぶ木箱の中には、焼きたての麺麭や鉱石卵がぎっしりと詰め込まれている。

「こんにちは」

 ルシアンはメニューが置かれたカウンターに近づき、少年に声をかける。柔らかな癖毛は穢れひとつない白。あどけなさを残す大きな瞳は、海と空の蒼を混ぜたような不思議な色をしていた。歳はルシアンとさほど変わらないだろう。

「ようこそ、星喰堂へ。僕は店主のシュカ」

 シュカと名乗った少年は、焼きあげた肉をパンに挟み、皿の上で均等に切り分けていく。店主の動きに合わせ右手首に嵌った水晶環が揺れる。一人で旅をしているのだろうか。随分と年若い異邦人だ。

「……此処は何の店なの」

「天使の食べ物を売る店さ」

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