第333話 全国高校自転車競技会 第1ステージ③
メイン集団は、油山観光道路を抜け、六本松の鋭角的なコーナーを、ぎりぎりまで減速しながら抜けていった。
冬希は、いびつな形をしたビルのほうを見た。
去年は、ここにまだ仲違いをした状態だった荒木真理の姿があった。
それを見た冬希は、胸の奥に、何かが燃え上がるのを感じた。それは、遠慮とか躊躇とか恐怖とか、そういうものの一切を薙ぎ払い、無謀な勝負に挑むための高揚感を力に変えたのだった。
今年は、吹奏楽部の応援は、最終ステージの日という事になっているようだ。
千葉から九州まで、そう何度も応援に来れるものでもない。その貴重な日を最終日にすべきだと、理事長兼監督の神崎秀文が判断したのだろう。
いくつかのコーナーを通過していくと、横に広がった隊列は細くなり、東京の麻生、夏井が植原を引き連れて先頭に立った。
ゴール前3㎞地点を過ぎれば、落車やメカトラでの遅れについては救済措置を受けられる。
逆に言えば、ゴール前3㎞までは何が何でも落車に巻き込まれるわけにはいかない。
集団の前のほうにいればいる程、他社の落車に巻き込まれる可能性は減る。東京の麻生、夏井の動きは、植原のためのものなのだ。
東京は総合優勝狙いに特化したチームであるため、スプリント勝負しようとしている愛知、千葉もその動きを容認した。
むしろゴールスプリントに向けてアシストの脚を温存することができるので、ありがたいほどだ。
残り3㎞地点を通過した。
植原の東京や、黒川真吾の山口、天野優一の佐賀は、後方に下がっていった。
ただ、佐賀は水野だけが不気味に残っている。
アシストもおらず、本当に単独だ。
何をする気なのかわからないが、あの坂東裕理の事だから、なにか考えがあるのだろう。
愛知はまだ前方に位置している。赤井小虎で勝負するのだろう。
福岡は当然エースの立花道之が好位に位置している。
北海道は土方の後継者と言われる大道洋、岐阜は中部チャンピオンの土岐道信、神奈川は川崎クリテリウムを圧勝した三浦新也、富山は今年すでに3勝と好調な角田晃二でそれぞれ勝負してくるはずだ。
3㎞地点を通過したタイミングで、平良柊、平良潤が下がっていった。激しいポジション争いでハイペースとなり、二人とも息が上がっているいるようだった。
千葉の選手は、竹内、伊佐、冬希の順でトレインを組み、上位のポジションを確保していた。
冬希は、行けそうだったらスプリント勝負してもいいと理事長兼監督の神崎から指示を受けていたし、冬希自身もつもりであった。77位というのも気になっていた。1位のボーナスタイム10秒が加算されれば、お釣りがくる。
大博通りに入った。ここから2㎞近い直線の先にゴールがある。
スプリントはたいてい200m前ぐらいから始まるため、1.8㎞はポジション争いとなる。
片側4車線分の広い道路だ。
北海道の相馬がエーススプリンターの大道のために先頭を牽引する。その後ろは団子状態になっていた。
緊張感が高まっている集団の中で、冬希は冷静に周囲を観察した。
一応、竹内や伊佐を発射台として使うつもりではあるが、二人の前がふさがったり、ほかに脚色の良い選手がいればそこに乗っかっていくという選択肢もある。
同じように周囲を見極めようとしている選手もいるようだ。佐賀の水野だ。
愛知の山賀が、赤井を引き連れて一気に先頭に出た。その直後に福岡の立花がつけるが、こちらはもうアシストが残っておらず、赤井を利用するようだ。
北海道の相馬も山賀に抵抗するが、力が違いすぎた。大道は相馬を諦め、山賀が作りだしたトレインに取り付く。
竹内は山賀にやや勢いでは劣るものの、立派に張り合ってもう一本のトレインを作り出していた。伊佐、冬希の2名のスプリンターを絶好の位置に押し上げる。
残り300mで岐阜の土岐が仕掛けた。早仕掛けで先頭に立ってそのまま押し切るのは、土岐の常勝パターンだ。
山賀が牽引を止め、赤井、立花、大道が土岐の後を追う。
竹内は、きっちり残り200mまで伊佐と冬希を牽引するつもりのようで、最後の力を振り絞ってペースを上げる。
だが、当の冬希は、体が動かなかった。
理由はわからないが、本能が激しく警告を発している。
前を見ると、竹内と伊佐の背中が遠ざかっていく。
足を緩めた冬希を、いつのまにか背後にいた角田がけげんな表情で見つめながら抜いていくのが見えた。
右前方では、最初にアタックした土岐を捕まえた赤井が、土岐の右から先頭に出た。それとほぼ同時に赤井の後ろにいた立花が、赤井の反対側から土岐を抜いていく。
その時、とんでもないスピードで後方から一人の選手が、中央分離帯すれすれを加速していった。
「あの男だ!」
冬希は思わず叫んだ。
ゼッケン番号455、そしてあの巨体。宮崎の南龍鳳だ。
立花は、本能的に右後方からくる選手の進路を閉めるため、中央分離帯側へ進路を寄せる動きをした。
南は、立花が進路を閉めきる前に突っ込んだ。
立花は、一気に道路の中央付近まで吹き飛ばされ、それを避けようとした赤井により、竹内から発射された伊佐の進路がふさがれる形になった。
立花、赤井、伊佐はそれぞれ落車は免れたものの、体勢を立て直して再度スプリントを行おうとしたときには、既に南の姿ははるか前方にあった。
南は、そのままのスピードで1位でゴールゲートを通過した。
圧巻だった。
2位はどさくさに紛れて漁夫の利を得た佐賀の水野、3位は赤井が入った。
4位は伊佐、5位は、南との接触でペダルのクリートが外れてしまい、再加速に手間取った立花が入った。
冬希は10位でゴールラインを通過した。
「くそっ!」
「伊佐、今日は運がなかった」
冬希は、ハンドルを叩いて悔しがる伊佐の背中をぽんぽんと叩いて慰めた。
「冬希先輩、あれは何だったんでしょうか。道路の反対側にいたのに、風圧を感じましたよ」
竹内は、呆然とした表情で言った。
「見たことがないほどの速さだった。立花が弾き飛ばされてた」
冬希も嘆息交じりに言った。
小声で、伊佐に聞こえないように竹内に囁いた。
「明日以降のスプリントは、南の位置に気を配って、なるべく離れた位置取りをするようにしてほしい」
「はい」
伊佐は、弱気だと文句を言ってくるかもしれないが、煽りを食らって落車するより何倍もいい。立花は見事のバイクコントロールでかろうじて落車は免れたが、明日以降も誰がどうなるかは、わからないのだ。
「伊佐、竹内、しっかりクーリングダウンしよう」
レース後は明日のレースに備え、ローラー台に乗って体内の乳酸を処理する必要がある。冬希は二人を促して自分たちのチームのテントに向かった。
「なんですかあれ」
佐賀の水野は、2位に入った喜びよりも恐怖と驚愕の表情で、天野とともにフィニッシュ地点を通過した坂東のもとへ来た。
「南龍鳳は、競輪のS選手の息子だよ」
坂東裕理は、事も無げに言った。
「競輪・・・」
天野は思わずつぶやいていた。確かに、南の体格は自転車ロードレースの選手としては、重すぎるように見えた。
「まず間違いなく、今大会最強のスプリンターだろうな。オールラウンダーに転向した冬希も、まともに勝負すれば勝ち目はないだろう」
「青山冬希が今日、スプリント勝負しなかったのは、それがわかっていたからなのでしょうか」
「さあな、だが天野の言う通りかもしれんよ。勘の良い奴だからな、冬希は」
裕理に動揺した様子はない。
「水野、お前にポイント賞を狙ってもらうと言っていたが、明日からは南がポイント取りに来たら、譲ってやれ。ちょっと面白いもんが見れるかも知れんよ」
むしろ、何か悪いことを思いついたような顔をしている。
「天野、お前をちょっと楽にしてやるよ」
裕理は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
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