第303話 体育祭③ 部活対抗リレー

 部活紹介が始まった。

 各部は、部活名の書かれたプラカードを持った女子の後ろを、2列に整列した状態でトラックを行進していく。

 冬希たち自転車競技部は、前列に船津、冬希、そして後列に潤と柊の並びで、各自ロードバイクを押して歩いていく。

 自転車競技部の紹介で、全国高校自転車競技会総合優勝、スプリント賞、全日本選手権優勝、インターハイ総合2位などの成績が読み上げられ、場内の一般応援席から拍手が送られていた。

 必死て戦ってきただけなので振り返る余裕などなかったが、考えてみればなかなかの実績かもしれないと冬希は思った。

「柊くーん!」

 2年生の席から、声が聞こえてきた。もしかしたら、柊のことを好きな女子というのは、あの人のことかもしれない。柊は、声のした方をチラリとみたが、興味なさそうに視線を戻した。ダメだ。申し訳ないですが、あなたに男友達に接する以上の感情を、柊先輩は持ち合わせていないようです、冬希は心の中でその女子生徒に詫びた。

 船津も、同じような感想を持ったようだった。

「残念だが、柊の方はあの子に好意というものは持っていないようだな」

「柊先輩は、まだ女の人に興味がないでしょうね」

 隣で行進する冬希に、船津は小声で話しかけてきた。

 船津は、幼馴染の女の子と連絡を取り合っているようだった。船津と一緒に下北沢の劇場の楽屋に、船津の幼馴染を訪問した冬希は、たまに近況を教えてもらっている。

 自転車競技部の後ろは、防具をつけた剣道部、道着姿の柔道部や弓道部、さらにその後ろでは、競泳水着を着用して行進している男子水泳部もいる。文化部も、将棋部、美術部、吹奏楽部などは制服姿で行進しているが、白衣を着た生物部、着物を着た茶道部など、独自の服装をしている部活もある。

「まるで百鬼夜行だな」

「柊先輩、自転車押して更新している我々も、その一角として十分な存在感ですよ」

 トラックを一周半した後、冬希たちは退場門から退場した。

 文化部は、そのままトラックに残り、部活対応リレーが始まった。

 それぞれの部は、特色を出すために様々なものをバトン代わりにした。

 吹奏楽部は楽器、生物部は人体模型、美術部はイーゼルなど、勝敗は度外視で楽しんでいる。

 文化部と、運動部の前半の部は50mを4人で走り、運動部の後半はそれが100mとなる。

 運動部の前半も終わった。剣道部がバトンにした竹刀の長さを生かして健闘したが防具をつけていたために走るのに苦戦し、ラケットにボールを乗せて走るという独自のルールを課したテニス部がゴール前で差し切った。会場も盛り上がっている。

「よし、いくぞ。冬希、わかっているな」

「はぁ」

 第1走者は船津、第2走者は冬希、第3走者平良潤、第4走者平良柊となっている。

 運動部後半の部の圧倒的優勝候補は無論陸上部だ。だが、中学の頃は陸上部だったという選手がバスケ部とサッカー部には居るらしい。

 最後の部活対抗リレーがスタートした。

 下馬評通り、陸上部が早い、続いてサッカー部、バスケ部、野球部、そして船津の自転車競技部が団子状態となっている。船津は、かなり足が速いようだ。その後にバレーボール部、ハンドボール部が続いている。

 あっという間に冬希の番がきた。

 ブルーゾーンと呼ばれる加速エリアで加速し、テークオーバーゾーンと呼ばれる受け渡しエリアでバトンを受け取る。バトンの受け渡しが上手くいき、自転車競技部は陸上部に続く2位でバトンを受け取った。

 しかし元来冬希は、自分の足で走る、ということを得意としていない。

 あっという間にサッカー部、バスケ部、野球部に抜かれ、その後ろのバレー部、ハンドボール部にも抜かれ、なんとかこの2チームから離されない状態で帰ってくるのが精一杯だった。

 なんとか潤にバトンを受け渡して、トラックの内側に退避した。

「お前、走り方変だな」

「がーん」

 薄々気づいていたが、忘れようとしていた事実を柊に指摘され、冬希は若干ショックを受けた。

「いいから準備しろ」

「はいはい」

 冬希は、走っている選手が途切れた合間に、トラックを横断して外側に出て、柊のロードバイクを準備した。

「本当にやるんですか」

「船津さんも言ってただろ、自転車なら負けないって」

「そういう意味じゃなかったと思うんですけど」

 柊は、冬希の用意したビンディングシューズに履き替え、トラックの一番外のコースでロードバイクに跨って待機した。

 潤が戻ってきた。バレーボール部とハンドボール部は抜いたものの、サッカー部、バスケ部、野球部に追いつくところまでは行けなかった。

 選手たちを目で追っていた観衆たちは、なぜか自転車にまたがっている柊の姿を見て、騒然とし始めていた。

「見ていろ。勝負の世界の厳しさを教えてやる」

 バトンが潤から柊に渡った。

 柊は、素晴らしい加速を見せ、一気にバスケ部らの集団を抜き去った。自転車で。

「勝負の世界の厳しさとは・・・・・・」

 冬希は空を見上げた。坂東や露崎との勝負の日々は、今思えば楽しかった。厳しくもクリーンで、勝っても負けても、不満などなかった。それに比べて、今は何をさせられているのだろう。

 最終的に柊は、ゴール前で陸上部に追いついた。外側ギリギリをロードバイクで激走する柊を見てゴールテープを持っていた生徒がテープを放り出して逃げ出した。優勝を確信して足を緩めた陸上部を、ギリギリ差し切った。自転車で。

『自転車競技部は失格です』

 

『自転車競技部の平良柊君、青山冬希君は、体育教官室まで来て下さい』

 放送で呼び出しを食らった。どうやら自転車を用意した冬希も怒られるようだ。

「リレーで負けて勝負で勝った、ってところだな」

「負けてるよ!人間として終わってるよ!」

 体育教官室では、鬼のような顔をした体育教師に、厳しく怒られた。

 合成ゴムで作られたトラックの上を自転車で走った点、安全対策が取られていない状態でロードバイクを校内で走らせた点が主な指摘だった。

 だが、最後に

「俺も、昔は高校の体育祭で無茶苦茶なことやって叱られていたけどな。この学校の生徒は優等生ばかりじゃないお前らみたいな奴らがいて、俺はちょっと嬉しいけどな」

 と、フォローなのかなんなのかわからないが、謎のお褒めの言葉をもらった。

 体育の先生は、どちらかというと従順で真面目なタイプの生徒より、ヤンチャなタイプの生徒が好きなのかもしれないと、冬希は思った。

「危なかった。先生に怒られたぜ」

「危ないってなんだろう。何にも助かってないぞ・・・?」

 そう言った冬希の視界に、何か見覚えがあるものが見えた気がした。

 一般来場者用の応援席の方だ。

「うーん、なんだったんだろう」

「どうした冬希」

「なんか、見たことある人影を見た気がしたのですが、気のせいかもしれません」

「怒られすぎて幻覚でも見たんじゃないか?」

「全部あんたのせいだ!」

「まあ、船津さんや潤にまで害が及ばなくてよかった」

「それは確かにそう思いますけど」

 船津の最後の体育祭が、悲惨なものにならなくてよかったという気持ちはあるが、自分は巻き込まれてもいいのか、と冬希はぼやきながら、自分のクラスの応援席に向かってトボトボと帰っていった。

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