第170話 高校総体自転車ロード 第1ステージ(霞ヶ浦一周)①

 第1ステージは霞ヶ浦一周だ。

 厳密に言えば、霞ヶ浦大橋が若干のショートカットになっているため、1周ではなく、今日のステージも80km程度となっている。高低差はほとんどなく、スプリンターが勝ちを狙う平坦ステージになっている。

 露崎の出場により諦めムードになっていたスプリンター達は、チームプレゼンテーションの冬希の発言によって戦意を取り戻していた。

 光速スプリンターと呼ばれる冬希から、露崎と同等のライバルと名指しされたのだ。そこまで言われて戦う前から尻尾を巻いて逃げるなど、男のすることではない。

 冬希は、そもそもそういう意図を持っていった訳ではなかった。ただ、この戦いは露崎一人を倒せば終わるのかというと、それほど単純なものではないと思っていた。

 インターハイ3連覇中の清須高校もいれば、全国高校自転車競技会で厳しい戦いをした洲海高校もいる。尾崎に加え、丹羽も万全の状態で出場してきているようなので、前回ほど簡単ではないはずだ。

 むしろ、冬希はそういった高校トップクラスのチームが露崎という男に対して、どのような戦いをするのか、強い興味を持っていた。

 スタート地点となっている霞ヶ浦総合公園には、47都道府県の代表チーム各3名が集結しており、141名がスタートラインに並んでいた。

「青山。あれが清須高校だ。岡田、山賀、赤井。チームとしては恐らくあそこが最強だろう」

 船津が視線を前に向ける。清須高校は前回優勝校ということで、最前列に3人が並んでいる。俺たちが最強です、というオーラがすごい。

「だが、自転車ロードレースは、結果的には個人戦なので、最終的には奴との戦いになるだろう」

 露崎隆弘は、前列の方に並んでいる。集合には遅れてきたはずだが、みんなが道を開けて、露崎を通してしまった。前回優勝者でもなければ、全日本チャンピオンでもない。実績だけで言えば、1年で全国高校自転車競技会を4勝した冬希の方が凄いぐらいだが、実績ではない、当時の選手達に残したインパクトが段違いなのだ。

「今日は、集団の前の方で仕事をするんですか?」

「一応、姿勢だけはな。俺も優勝候補らしいし、青山もこのステージ狙えるなら狙えという指示が監督から出ている」

 強豪チームは、メイン集団の前方に位置し、逃げ集団に有力選手が入りそうになったら捕まえに行ったり、1番風を受けてキツい、メイン集団の先頭を牽引する役割を果たすという不文律がある。

 役割を果たさずに勝利だけ狙いにいくと、全選手から軽蔑され、激しい時には妨害を受けることもある。

「だが、それは郷田がやるから、青山は俺の傍にいてくれ」

 それと船津は、もう一つ冬希に監督である神崎からの指令を伝えた。

 それは、中間スプリントポイントを取りに行けというものだった。

 実際のところ、冬希は補欠からの出場なので、神崎も冬希の調子をしっかりと把握できていなかった。

 中間スプリントで、他のスプリンター達と勝負させることで、冬希の調子を見ようというのだ。ここで勝負にならないようなら、平坦ステージでも勝負させず、船津のアシストに専念させるつもりだ。

 

 パレードランが始まった。沿道には多くの観客が詰めかけている。

 正式スタートは、2kmほど進んだところからで、まだ戦いは始まらないので冬希はのんびり構えているが、集団の前の方は、明らかにピリピリしていた。

 正式スタートが切られ、先頭を3人横並びで走っていた清須高校の両側から、一斉にアタックが始まった。

「うおおおおおおお、何がなんでも逃げに乗る!何がなんでも逃げに乗る!!」

 呪文のように唱えながらアタックする。長野の松本高校2年川田樹が飛び出し、同じく逃げに乗りたい選手達が、川田の後ろに張り付く。

 第1ステージは、勝てば総合リーダーのイエロージャージが約束される、初出場の高校や中堅の高校にとっては、最大のチャンスステージだ。

 そして、多くの学校は、ゴールスプリントでは露崎や冬希に勝てないと思っている。勝つとすれば逃げ集団に加わり、メイン集団が追いついてくる前にゴールしてしまう「逃げ切り」しかない。

 そのため、逃げに乗りたいという選手はとても多かった。

 一人がアタックをかけると、それに乗っかろうと次々に逃げ希望の選手が続き、あっという間に逃げ集団が膨れ上がっていく。

 だが、このステージで勝負したいスプリンターを抱えるチームや、総合優勝を狙うチームは、大人数での逃げを許すわけにはいかない。

 会津若松高校の日向、八雲商業高校の木下、函館第一高校の大道、富士吉田工業高校の川久保など、有力スプリンターを抱えるチームのアシスト達が積極的に、大きくなった逃げ集団をつぶしにいく。

 清須高校の山賀、洲海高校の丹羽、神崎高校の郷田、さらには福岡産業高校の立花、慶安大附属の植原まで集団の前方で仕事をし始める。そうなるとあっという間にメイン集団は、膨れ上がった逃げ集団に捕まり、吸収されていく。

 何度も同じことが繰り返されるが、メイン集団も、早く逃げが決まってほしい。スタートしてからずっとハイペースで、全員疲弊してきた。

 結果的に、その隙をついて京都の九条高校の逃げ屋四王天と、宮崎日南大附属の小玉の2名を含む、6人の逃げが決まった。

 逃げ集団とメイン集団の差は、あっという間に3分半まで広がり、ようやくメイン集団は一息つくことができた。

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