第122話 全国最強の選手たちを、浅輪春奈が席巻する

 冬希と春奈が2人で、千葉チームの待機エリアに向かって歩いていると、大会運営の係員から呼び止められた。

「青山選手、表彰式の準備をして、ステージの横に集合してください」

 冬希は、首を傾げた。

「あれ、何かありましたっけ?」

 冬希には、表彰される何も思い浮かばない。表彰に敢闘賞とかMVPとかもなかった筈だ。

「スプリント賞です」

「でも、坂東さんに逆転された筈では?」

「いえ、坂東選手は3位20ポイント。7ポイント差で青山選手がスプリント賞確定です。おめでとうございます」

 冬希は、ぽかーんとしてしまった。春奈も、指を唇にあて、うーんと考えている。

「あ、冬希くん、あれ!」

 春奈が指差した先は、博多駅前に設置された巨大なスクリーン。そこにはまず、立花がゴールするシーンが写り、その後、坂東ともう1人の選手が並んでゴール前でハンドルを投げている姿が見えた。

「松平さん!?」

 福島のスプリンター、松平がホイール半分ぐらいの差で坂東を抜いて、2位でゴールしていた。

「メイン集団も、いいところまで来てたんだなぁ」

「青山選手、急いでください!」

 急かされて、冬希と春奈は急いで待機エリアに戻り、バタバタと準備を始めた。

「上のジャージどこだ~」

「冬希くん、靴!靴!」

「あ、ビリビリのレーサーパンツも履き替えないと」

「きゃー!テントの中でやりなさい!」


 なんとかバタバタと準備を終え、冬希は慌ててステージ袖のテントの下に到着した。

 そこには、立花と植原がすでにパイプ椅子に座っていた。

「なんか、スプリント賞みたい」

「らしいな、おめでとう」

 立花が素直に喜んでくれた。

「冬希くん、グローブ忘れてるよ」

 春奈がやってきて冬希にグローブを渡す。

「あ、ありがとう」

「ほら、襟のチャック1番上まであげて」

 春奈が、冬希の前に立って、襟を直して、チャックをあげる。

 ステージ横の待機エリアは、表彰される選手以外は、チームメイトでも入場できない規則だが、春奈はどこにでも入れる監督用のパスを首から下げていたため、普通に係員から通されていた。

「さすが、どこにでも入れるパス」

 冬希が感心して笑うと、春奈はドヤ顔で

「でしょー、じゃあ、また後でね」

 と冬希の腕をポンと叩き、テントから出ていった。

「で、松平さんが・・・」

 と話を続けようとした冬希は、2人の視線と、テントに入ろうとして固まっている近田の視線に気がついた。

「青山・・・おまえ、今の子誰だ・・・」

 信じられないといった感じで、立花が問うた。

「さっきの、浅輪さんだよな・・・」

「ああ、そうだよ。植原は江戸川で会ったことあるじゃないか」

「いや、だってあの時はアイウェアつけてたし・・・あんなに可愛かったんだ・・・」

 植原もショックを隠せない様子だ。

 そしてようやく動けるようになった近田が一言言った。

「青山君、やっぱり君はすごいよ」

 そして総合優勝の船津と山岳賞の尾崎がテントにやってきた時、テント内の妙な雰囲気に、2人して首を傾げた。


 福島のエーススプリンター松平幸一郎は、ゴール後のインタビューでこう答えていた。

「青山選手と坂東選手のポイント差はわかってましたし、坂東選手が2位に入れば、坂東がスプリント賞だということも、当然わかって勝負しました。そうでなければ、2位を目指してスプリントなんか、リスクを負ってまでそんな無駄なことしませんよ」

 最後に、松平はこう言った。

「俺には、青山以外の選手がスプリント賞を獲得するなど、冗談にしか思えなかったんです」

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