第25話 2時間エンデューロ(ひたちなか)

 冬希は前列に並ぼうと、集合時間のかなり前にスタート地点に行ったが、スタートラインには、すぐにスタートするのではないかというぐらいの待機者がいた。70人ぐらいは居るように見える。エントリーが確か120人弱だから、これでもまだ半分ちょっとだ。

 冬希は、慌てて最後尾に並んだ。


 スタート前の注意事項があり、号砲と共に車列は動き出すが、スタートは急コーナーを過ぎた後の長い直線のあたりからだそうだ。それまで、集団の中で静かに進む。

 色々なレベルの参加者が混在しており、当然初めて参加する選手もいる。緊張からかガチガチになった選手が正式スタート前に落車したりしている。

「あー、なんか初めて参加したときのことを思い出すな」

とか思っていると、折り返した先では既にスタートしていて、猛烈なアタックがかかっているのが見えた。冬希は折り返し地点の前なので、まだスタートできない。

「やばい!」

 直線に入り、冬希もスタートするが、先頭集団はもう見えない。必死に追って、ようやく追いついたと思ったら、それは先頭集団から千切れた小集団だった。

 諦めかけたとき、先頭集団を追う4人の集団が追い抜いていたので、冬希も黙ってそれに参加し、5人で先頭交代する。

 最終的に小集団は8名になり、先頭交代しつつ、30名程度の先頭集団に追い付いた。それが先頭集団だと気づいたのは、会津若松高校のサイクルジャージを見つけたからだった。


 先頭集団の後方に、会津若松高校のジャージを着た大きな選手がいる。恐らく松平幸一郎だろう。そして先頭集団交代に加わっているのが、松平のアシストで会津若松高校キャプテンの日向政人だ。

 先頭集団は、30人全員で先頭交代しているのではなく、前の方に居る7人~8人で回っている。

 優勝争いに参加するつもりなら、先頭交代に加わるのがマナーだと思うが、先頭集団に追い付くのにかなり体力を消耗したので、少し休ませてもらう。


 後方で待機しつつ、サイクルコンピュータで1周の時間を調べてみた。6分30秒~6分30秒ぐらい。平均時速は36kmぐらいと出ている。

 袖ケ浦のクリテリウムでは、ゴールまでの平均速度が40㎞程度だったのを考えると、少し遅いのだが、今回のひたちなかのコースは、急コーナーが多く、一気に減速しては、一気に加速するの繰り返しなので、平均時速は遅くとも体力的には全く楽にならない。


 とはいえ、せっかく先頭集団に居るのだから、ちょっとぐらい優勝争いというものを味わってみたいと思い、先頭交代に加わる。会津若松高校の日向が先頭を曳き終わった後、集団に戻るタイミングで、冬希は日向の真後ろにつき、ローテーションに加わる。

 ローテーションに加わりたくない選手は、戻ってきた日向選手を自分の前に入れようとして自分の前を軽く開けた。冬希も軽く手であいさつして一緒に前に入れさせてもらった。


 スタートラインを通過した後に、何回か急カーブの折り返しがあり、その中に斜度8%の区間がある。従来の冬希ならヘロヘロになるところだが、角度がきつい部分はかなり短い距離なので、勢いに乗って登りきることが出来る。

 先頭交代は1/3周ぐらいで行われ、その時その時でどの区間を曳くか決まる。4回ほど先頭交代に加わった後に、限界を感じて集団の後方まで下がらせてもらった。

 ボトルで水を飲み、背中に入れておいたゼリー飲料の蓋を口に咥え、手で回して開ける。完全に外してしまうとごみが増えてしまうので、蓋が引っ掛かっている程度に開け、ゼリー飲料を飲む。疲れているせいか、上手く飲めずに手がべとべとになる。スタート前に軽く開けておけばよかった。


 体力の回復を待っていると、制限時間が近づいてくる。1周のタイムと残り時間を計算すると、もう次の周が最終周だ。下総や袖ケ浦の感覚で計算していたので、残り12分あれば4~5周はあると思ってしまっていた。

 最終周にはいる。集団の前を見ていると、会津高校の二人は、既に日向の真後ろに松平が付けている。先頭交代も激しくなる。


 冬希は、練習中に潤に言われたことを思い出していた。

「青山、優勝を狙うには、残り1km地点で、最低でも10番手以内に居る必要がある」

 現在、集団は周回遅れも加わり、40人規模になっている。冬希は、その中のかなり後ろにいた。

 不味い。長い直線部分で脚を使って一気に先頭付近10番手以内に取り付く。最後の急コーナーを抜けて、直線に入る。ここまで来たら勝ちたい。

 会津若松高校の力量を調べるという目的を忘れ、ゴールが見えた瞬間、冬希はスプリントを開始する。

 だが、すぐに息が上がってしまった。その横を、一瞬風が通り抜けた。と思ったら、会津若松の松平がゴールしていた。あまりに速すぎて、あまりに追い付けなさ過ぎて、あまりにレベルが違いすぎて、言葉にならなかった。

 もう足は全く動かなかったが、下り坂の先にゴールがあったので、そのまま端っこを邪魔にならないようにゴールした。

 ぜえぜえ言っている冬希に比べ、ゴール後に松平は日向に「スプリントするまでもなかったな」と言っている。あれでスプリントしてなかったのか。


 2時間で17周走って25位。先頭集団でゴールは出来たものの、松平は遠い世界の人間だと思った。

「あれは人間じゃないな・・・」

牛かゴリラだ。

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