第22話 船津幸村、郷田隆将

 翌日の日曜日も自転車競技部を訪れたが、今度は部員全員と、監督である神崎も居た。

 この日は、2年生二人と筑波山へ行く予定だったはずだが、別メニューの予定だった1年生の双子も一緒に行くことになった。柊の方がどうしても「あいつに先輩としてのいげんというものを見せてやる」と言ってきかなかったようだ。

 神崎先生は、ちょっと驚きつつも、柊の我儘を許可した。もともと気分屋で、決まった練習に参加したがらなかったので、自由にやらせていたようだ。

 2年生二人からも自己紹介された。船津幸村と、郷田隆将。


 船津幸村は、チームの絶対的エースで、登りに強いオールラウンダー。身長は双子ほどではないが高くなく、双子が155㎝ぐらいだとしたら、船津は165㎝ぐらいだろうか。眼鏡をかけており、同じく眼鏡をかけている潤が真面目そうな雰囲気だとしたら、こちらは優しそうな雰囲気だ。


 郷田隆将は、身長180㎝はある偉丈夫で冬希より少し身長が高い、短髪で筋肉質な体が引き締まっており、男の冬希でもカッコいいと思える体型をしている。あまり表情には出さないが、筑波山への自走での移動中は節々に気を使ってくれていることが分かった。

 実は、今年の9月に編入してきたばかりで、熊本から母親の入院に付き添って引っ越して来たらしい。言いづらいことなのではないかと思ったが、部内ではみんな知っていることと、気軽に話してくれた。


 筑波山では郷田が強烈に一定ペースで曳いて、それに潤と柊がついていく。冬希はあっさりと千切れ、船津が付き添ってくれてゆっくり登って行った。

 風返し峠まで登ると、「もう少しだから、ここから全力で行ってみよう!」と船津がスパートをかける。冬希も「うおおおおおお」と全力スプリントを行い、一瞬船津を抜くが、5秒で失速した。

 その後、ヘロヘロになった冬希は、上まで登った後に冬希を迎えに来た柊に支えてもらいながら、なんとか一番上まで登り切った。

 もともと、冬希や郷田のような体が大きくて筋肉質なタイプは、登りが苦手な人が多いらしい。重りを背負って登っているようなもんだと、潤に言われた。そこで冬希は郷田に、どうして同じような体格で登りが登れるのか聞いたら、「きついが、我慢しているだけだ」と言われて、あまりに役に立たないアドバイスにガックリして、みんなから笑われていた。


 毎週末、冬希は神崎高校の自転車競技部の練習に参加した。大体、みんなでどこかに走りに行く感じで、冬希はあっという間に部員たちと仲良くなった、冬希は優しい先輩たちが好きだったし、4人の先輩も冬希をかわいがった。

 特に、平良柊は「冬希、冬希」と下の名前で呼んで可愛がっている。冬希が「潤先輩、柊先輩」と呼ぶのに対して、「なんでお前だけ俺らを下の名前で呼んでいるんだ」と因縁をつけた。名字が同じなので、下の名前で呼ばなければ区別がつかないからだが、「口答えするな!お前だけ下の名前で呼ぶのは生意気だ」と冬希のことも下の名前で呼ぶようになった。「お前もそうしろ!」と潤にも言って、二人は冬希を下の名前で呼んでいる。


 部長の船津が、週末の活動日誌を監督の神崎の元に持ってきた。

「青山君は、部に馴染んでるかい?」

「はい、そこは問題ありません」

 冬希が参加するようになり、柊が積極的に練習に参加するようになった。週末は、部活に行くのに潤より先に準備しているらしい。朝方からそわそわしだして、「あいつは俺がいないとだめだからな~」と言いながら、潤を急かして早く家を出ようとする程のようだ。

「先生、拾い物をされましたね」

「まったくだよ。どこに、どんな人材が転がっているかわからないもんだ」


 今年の4月も全国高校自転車競技会、通称ツール・ド・ジャパンの千葉県の予選会に出場した。神崎は船津をエースとしたかったが、船津と同等レベルの速さを持つ3年二人が拒否したため、3人のエース扱いとした。その結果、国体入賞経験のある県内最強の選手に3年生は二人とも競り潰され、下位に沈んだ。

 予選会では、各校5人でチームを組み、5人の合計タイムが一番早い学校が通過となる。船津、平良兄弟は上位でゴールしたが、結果的に3年生二人が足を引っ張り、予選会で敗退となった。

 脇の甘さを狙い撃ちされた。実力はあっても、チームとしてまとまらなければ勝てない。

 現在、3年生が抜け、郷田が加入した。編入後初の登校日に人身事故で電車が止まり、自宅からロードバイクで登校して来た。スタンドが無いロードバイクを、止めるところが無く、困っている所を見かけた船津が部室の中を提供し、併せて部に勧誘した。

 そして推薦入試という形で冬希が来年の4月から正式に加入する。実力的には3年の二人の方があったかもしれないが、冬希が入ってくる来年の方が期待が出来ると、神崎は思っていた。


「彼の走力は上がっているかな?」

「登りは全くダメですね」

「ははっ」

「ただ、スプリンターとしての素質はあるかもしれません」

「え?そうなの?」

 船津は、筑波山を本気で登っている最中に、一瞬冬希に抜かれた話をした。

「へぇ、本気でアタックしている君を」

「早かったのは5秒ぐらいでしたが・・・」

「5秒か・・・」

 神崎は考える。時速70kmなら、100mは進める距離だ。だが、スプリンターになるには出来れば200m、最低でも150mは持続する脚が欲しい。

「わかった。考えてみよう」

山登りが得意なクライマーである船津をエースとするチームに、スプリンターの使い道があるのか。神崎は思案に沈んだ。

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