第26話 元カレ
「ところで、ここはどこなの?」
部屋の感じからちょっと年季が入った部屋な気がする。思ったよりも静かだし、どこかの宿屋というわけでもなさそうだし、誰かの家に置いてもらっているのだろうか。
「ここはマダシから少し離れたモルドーの村だ。あまりシオンを抱えたまま移動するのは難しいとグルーが判断したから、村の人に頼んで空き家になっている家を貸してもらっている」
「さすがのワシもシオンの魔力が安定してないと身体のサイズを保つのが難しいからのう。下手に死なれても寝覚めが悪いしな」
「そうだったの。なんか色々と迷惑をかけちゃってごめんね」
この前の契約魔法でグルーに首輪をかけたことで私とグルーの魔力は繋がっている状態だ。
今まで魔力を切らすなんてことがなかったから知らなかったが、確かに私の魔力がなくなったことでグルーにも何かしら弊害があるのかもしれない。
「全くだ。だから今後は絶対に無理するんじゃないぞ!」
「うん、そうする」
「ヴィルはこういう村で生活したことなかったからか、掃除やら洗濯やらずっと四苦八苦しておったしな」
「な……っ! グルーだって村での生活の経験ないだろっ」
「ワシは人間の生活をする必要がないからのう。シオンがいないと何もできんヴィルとは違うのじゃ」
「ぐぬぬぬ」
「はいはい、言い争いしないの。んー、さすがにこの状態だとまだ次のとこに行けそうにもないから、仕方ないけど回復するまでこの村でお世話になるしかないわね。村長さんにはちゃんとご挨拶した?」
「あぁ」
「挨拶が仰々しくて驚かれたくらいじゃよ」
「グルー! シオンに言うなって言っただろっ」
私が気を失っている間に色々あったらしい。
ヴィルもヴィルなりに頑張ってくれてはいたみたいだが、王子なこともあって生活力云々が欠けているのだろう。元気になったらその辺も仕込まないといけないのかもしれない。
「グルー。ヴィルをそんなに虐めないの」
「別に事実を言っただけで、虐めてるつもりはないんじゃが」
「自覚なくても言い過ぎ。ヴィルだって頑張っててくれてるんだから」
「シオン……っ!」
「そうやって甘やかすのはよくないと思うぞ、ワシは」
「これは甘やかしじゃないわよ。褒めるとこはちゃんと褒めてあげなきゃ、でしょ? 慣れないことを頑張ってくれたのは事実だし」
「まぁ、それはそうかもしれんが」
「ということで、ヴィルもグルーもありがとう」
私が改めて感謝すると、ヴィルとグルーは照れたようにそっぽを向く。
「ふんっ。シオンも起きたことだし、ワシは息抜きさせてもらうぞ。疲れたからな」
「はいはい。気をつけてね〜! でも、あまり目立たないようにね。今は透視魔法使えないから」
「わかっておる」
グルーは気まずいのか、そのまま部屋の窓から外へ出て行ってしまった。
首輪をつけているから、悪さをすることはないだろう。
「なぁ、シオン」
「うん? どうしたの、改まって」
「いや、その……移動はこれからグルーに乗ってではなく、なるべく徒歩にすることにしようと思って」
「あら、どういう風の吹き回し?」
「今回の件でオレはほとんど役に立たなかったから、ちょっとそれはどうなのかと思って。シュド=メルと対峙するどころか洗脳されてたくらいだし。だから、オレはもっとレベル上げないといけないと思ってな。できるだけ徒歩で移動して、魔物を倒してレベル上げしようと思ったんだ」
ヴィルがそんな殊勝なことを言うなんて……!
感動して口元を押さえる。
我が子の成長を感じる母の気持ちがわかった気がする……!
実際のところ、あのシュド=メルの推奨レベルは恐らく九十オーバーだと思うから、いくら今のヴィルがレベルを上げたところで正直戦力として数えるのはなかなか難しい。
けれど、せっかくの心がけを無碍にはできないし、向上心を持つことは大事だと思うので素直に嬉しかった。
それに、今はまだ戦力外ではあるが、現在レベル三十のヴィルがもう少しレベルアップしてくれたら頼りになるのは間違いない。
「そうだね。じゃあ、私が回復して移動できるようになったらそうしようか。それに、グルーのレベル上げもしないとね。グルーも対魔物で戦闘経験ってほとんどなさそうだし。あ、いっそ共闘とかもいいかもね」
「きょうとう?」
「ヴィルとグルーで一緒に技を出すの。相性良さそうだし、練習すればできるようになると思う」
「へぇ、そんなこともできるのか」
確か、魔物と一緒にタッグで技出す方法もあったはず……っと考えているときだった。
「やっぱり、シオンだ!」
第三者の声に驚いてそちらを見れば、見覚えのある顔に目を剥く。
「あっ、お前! あれほど入ってくるなと!」
「ダグ!? え、何でここにいるの!?」
「知り合いか?」
「あ、えっと…………元カレ……デス」
ヴィルに聞かれて誤魔化すことができずに白状する。
この目の前にいる軽薄な男はダグラス。二年ほど前の彼氏なのだが、交際数ヶ月目で浮気されて別れていた。
まさかこんなとこで会うなんて。
「俺、ここが地元だからな。いやぁ、それにしても運び込まれたとき、見覚えあるなぁ〜とは思ってたんだよ。それなのに、近くで見たいって言ってもその男が会わせてくれねぇし」
「シオンがぐったりしてるときにちょっかいを出してくるからだろう」
「でもまさか、あの強いシオンが倒れるだなんてな。びっくりだぜ。どうだ、元気してたか?」
「まぁ、程々に……」
「この村でシオンにまた会えるとは思わなかったぜ。これも何かの縁だし、なぁ、俺たちまた付き合おうぜ?」
「は?」
「なっ!?」
私が絶句していると、なぜか隣のヴィルも口をあんぐりとさせていた。
いや、気持ちは痛いほどわかる。
私自身あいつの言葉を理解するのに時間がかかった。というか、今もちゃんと理解できてない。
そもそも起きたばかりな上に再会したばかりで復縁申し込むとか、一体ヤツの頭の中はどうなっているのだ。
再びガンガンする頭を抱えると「嬉しすぎて泣いてるのか?」と思考お花畑な発言が聞こえてきて、さらにげんなりする。
そういえば、ダグラスってこういう人だった。
やたらとポジティブで、何が何でもいいように受け取ってしまう。
当時の私はその彼の明るい部分が好きだったのだが、さすがに年を重ねてもなおここまでトンチンカンな思考だと閉口するしかない。
「いや、頭痛が酷いだけだから。別に感動してるわけでもないし。そもそも、浮気する人は無理」
「それはシオンが強い女だと思ってたからだ! でも今、こうしてか弱い女であると知ったのだから、俺にはシオンを守る責任がある!!」
「こいつは何を言っているんだ……?」
ダグラスのトンデモ理論にヴィルも眉を顰めている。そうなるのも無理はない。私だって理解できない。
「とにかく今は寝かせておいて。まだ起きたばかりだし」
「そうか、わかった! 何かあればすぐに呼んでくれよ! 大事な彼女のためなら何だってするからな!!」
「いや、今は彼女じゃないし、元カノだから」
「恥ずかしがっているシオンも可愛いな! とりあえず何かあれば俺を頼ってくれ! じゃあな!」
ダグラスはニカっと満面の笑みを浮かべると、そのまま部屋を出て行った。
「……シオン、男の趣味悪すぎだろ」
「それは私も改めて実感したから、これ以上指摘しないで」
はぁぁぁと盛大な溜め息をついて項垂れる。具合がさらに悪化したような気がした。
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