第5話 イメージ

 大司教の説得により、私は無事に儀式も済ませて聖女になった。

 儀式が終わる頃にはみんななぜかすごい疲れた顔をしていたが、きっと気のせいだろう。


「シオンさん。よろしくお願いします」

「はい、大司教様! 私、大司教様のために頑張ります!」

「ありがとうございます。さすがは私が聖女と見込んだお方だ。頑張ってくださいね」


 とびきりの笑顔を向けられ、胸がズキュンと衝撃を受けて、はうっと地に伏しそうなくらいの衝撃を受ける。


 あぁ、大司教様。素敵……っ!


 周りからは冷めた目で見られるが、そんなものは気にしない。目の前の大司教様によく思われるためなら他の誰がどう思っていてもどうでもいいのだ。


 なぜなら、彼のためなら何だってやれるくらい私は彼に恋をしてるのだから……!


「ではシオン殿。くれぐれもよろしく頼みますぞ」

「我が国の安寧のためによろしく頼む」

「承知しました! 聖女としてお勤め頑張ります! ですから、私からの条件もよろしくお願いしますね」

「うむ。善処する」

「善処ではなく、早急に取り決めをしてくださいね」


 にっこりと微笑み無言の圧力をかける。善処とかいう建前など私には不要なのだ。


「あ、あぁ、わかった」

「こら、シオン殿! 陛下に圧力をかけるのではない!!」


 大臣には咎められたが、王に釘を刺せたので満足する。

 そう、私は聖女になる代わりに一つの条件を出したのだ。それは……


 聖女であっても結婚できるようにすること!


 私はこれさえ達成できるなら聖女にならない理由などなかった。だから私は、国王に聖女になる代わりということで条件を課したのだ。


 そもそも聖女とはこの国、マルデリア王国の守護をするための存在だ。仕事は主に国の各地を旅して祈りを捧げたり魔物を魔障壁などで追い払ったりすること。

 各地を回るには魔法や魔獣の使用など認められているとはいえ、国土は広くてその各地の人々の声を拾うためには人生を捧げなければならないほどの膨大な時間がかかる。

 そのため、代々聖女は自分の人生を犠牲にし、結婚はせずに国に人生を捧げなければならない決まりであった。


 けれど私の場合、転移魔法も使えるし、ちょっとやそっとでは枯渇しない魔力も持ち合わせている。そのため、結婚してても聖女としての役目を全うできると国王に交渉したのだ。


 国王もそれならば聖女として結婚しながらでも両立できるか証明するため、まずは遠方の任を全うせよ。そうすれば聖女の結婚を認めよう、と早速三つほど任務を与えられた。どれもこれも先代の聖女が回りきれなかった土地らしい。


 てなわけで早速一つ目の村、プハマに私たちはこれから向かうところなのだ。


「というわけでよろしく」

「……どうも」


 私が向き直るとうんざりした表情の王子がいる。

 なぜここに王子がいつかと言うと、今回のプハマの村含めて聖女行脚には王子帯同が必要らしい。


 国王曰く、王子に自国を回ることで自国のことをより深く知ってほしい、とのことだが要するに体のいい子守である。もっと簡単に言えば、それなりに王子のレベルを鍛えて各地を旅させてね、ということだ。


 一応、元ギルドマスターとして新人育成についてはそれなりにできると自負はしているのでそこは問題ない。あとは本人がついて来れるかどうかだが。


 それにしても、相変わらずイケメンだなぁ。本当、王子様って感じ。

 いや、本物の王子様ではあるのだけど。

 今みたいにちょっと雑な感じのほうが好みだけど、ちょっとやっぱこう……なんか違うんだよなぁ。

 なんだろ、友達以上恋人未満的な。うん、仲良くする相手には良さそうだけど、恋人にするかと言われたら……うーん。


 そんな勝手なことを考えながら城を出て歩き出す。ちなみに、プハマは通常歩いたら二週間はかかる遠方である。


「なぁ」

「何?」

「転移魔法使うんじゃなかったのか?」

「使わないけど?」

「何で!?」


 びっくりする王子に私がびっくりする。


「プハマまでどれくらいかかると思っているんだ!?」

「うーん、このペースだとざっと二週間?」

「だったら、転移魔法使ってすぐにでも移動するべきじゃないのか? 早く任務こなして父さんに聖女でも結婚できるよう証明するんだろ?」

「するわよ?」

「だったら……」

「お黙り。まだレベル五くらいしかない雑魚のくせにギャアギャア言わないの。プハマの村付近の推奨レベルは三十よ? 転移魔法使ったところであんた死ぬわよ」

「お、王子のオレに……ざ、雑魚だと……!?」


 イケメンだけどやっぱダメダメね。温室育ちなせいか、どうにも私と相性が合わない気がする。


「今の貴方はその辺の村人Aよりも弱いのよ。まずは強くならないと」

「む、村人Aより弱……っ!? それは言い過ぎだろっ! てか、随分と大司教とオレと態度違いすぎないか!?」

「そりゃそうでしょ。あんた私の弟子だし」

「弟子!? 弟子になった覚えはないぞ! というか、オレ王子!」

「王子でも私にお守りされてるなら弟子みたいなもんでしょ。つべこべ言わずにまずはレベルを上げる! 三十近くまで上がったら転移魔法使ってあげるから」

「はぁ……? マジかよ。てか、聞いてた話と全然違うぞ!」


 王子が見苦しく喚き始める。

 年もそんな変わらないはずなのに幼いというかなんというか。歴代の元カレにはいなかったタイプである意味新鮮ではある。


「聞いてた話って? そもそも私のイメージってどうなってたのよ」


 ずっと聞きたかったことを単刀直入に聞く。何となくは察していたが、実際にどう思われていたのかはずっと気になっていたのだ。


「聞いていた話では、聖女候補は超上級白夜光のギルドマスターで、大型モンスターを単騎で討伐できるほどの力の持ち主」

「うんうん、そこまでは合ってるわね」

「ことごとく王城からの招待を断るのは見た目に難があるから。結婚願望が強くて、婚期を逃したから結婚するために男漁りに必死。無類の男好きで男にフラれてはまた新しい男にアプローチ。男のためなら何でもやる」

「ちょっとちょっとちょっとちょっとー!? 途中から悪意しか感じない情報のねじ曲げられ方なんだけど!? どこでどうしてそうなった! てか、見た目に難ありとか男漁りに必死とか色々と酷くない!?」


 まさかのダブルブッキングで王城からの招待を断り続けてたことでこんな弊害が!


 いくらなんでもここまで事実とかけ離れていると驚きを通り越して呆れるしかない。

 というか、みんな会うたびに驚いていたのはこういうことだったのか。改めて知ると色々と酷い。


「だからオレみたいなイケメンの言うことなら何でも聞くし、尽くしてくれると聞いてたんだが」

「何その偏見! 私のイメージおかしすぎでしょ! てか、自分でイケメン言うな! 確かにイケメンかもしれないけど、何でもはしないからね!」

「えーーーー……」

「えー、じゃない! あくまで私は貴方のお守りなの。一人前になるまでの師匠としてビシバシ鍛えるわよ。覚悟しときなさい」


 うんざりした顔の王子。まさか全部私に丸投げでレベル上げをしようとなど思ってるとは思わなかった。

 とはいえ、実際好みのタイプだったら丸投げされたとしても面倒見てしまう気がするが、そこはあえて黙っておく。


「とりあえず、お互い面倒だから名前で呼びましょう。私のことはシオンさんで」

「なぜ、さん付け。シオンでいいだろ」

「そこは、ほら、師匠と弟子の関係的に一線引いたほうがいいと思って」

「じゃあ、オレは王子で」

「はぁ? それこそ嫌よ。切羽詰まったときに『王子! 避けろ!』みたいなこと言うの嫌だもの」

「じゃあ、お互い呼び捨てでいいだろ」

「しょうがないわね。じゃあヴィル、今日からよろしく」

「よろしく」


 とりあえず礼儀として握手をしておく。ヒョロい見た目だけど王子だからか大司教とは違って男の人らしく、手はちょっと無骨だった。


「さて、大司教様のためにも頑張るわよ! 私が頑張れば、大司教様に気に入られて、そこからロマンスが……っ!」


 あの美しい瞳に見つめられながら、「さすがはシオンさん。よく頑張っていらっしゃいますね」と低い優しい声で褒められるところを想像する。


 うん、いい。実にいい!

 頭など撫でてもらったらなおいい!

 大司教様なら年齢的に私よりちょっと年上くらいだろうし、見た目も申し分ないし、何よりあの柔和な物腰が素敵だ。声も毎日聴いていたいくらいの美声だし、未来の旦那様候補としては……


「あー……妄想してるとこ悪いけど、大司教は既婚者だよ」

「……え?」

「しかも愛妻家。最近孫まで生まれたし」

「ま、孫……? え。あの見た目でおじいちゃん!? 冗談よね!?」

「エルフとのクオーターらしいよ。確か今年五十過ぎじゃなかったかな?」

「なんと!? わ、私の恋が……っ」

「残念だったな」


 そんなことがあるのだろうか。呆気なく散った我が恋。


「あぁ、もう信じられない。それならもっと早く言ってよ……っ!」

「言ったら聖女にならないって言い出すだろうから黙っとけって大臣が」

「くっそあの大臣め! 私の恋心を弄びやがって! いいもんねー、この旅でいい人見つけてやるもんねー!!」


 私が新たな恋に向けて意気込んでいると、驚いた表情をする王子。


「何よ」

「てっきり聖女辞めてやるって言うかと思ったから……」

「やるって言ったからにはやるわよ。一度した約束って大事にするタイプなの」

「そうなのか、意外だな」

「失礼ね! 本当、私のイメージどうなってんのよっ。もう、ついでだからこの旅でそういう汚名も返上してやる!」


 さすがにこんな偏見イメージ持たれたままでは癪に障る。というか、私の沽券に関わる。


 こうして私とヴィルの旅は始まったのだった。

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