私達はこうして人間になった。原人に婚約破棄されたけど旧人類の王子と一緒にざまぁしてやります！

姫が墓に花を手向ける理由

「ロマニー・ヨン・ジェイン。お前のような災いを呼ぶ女とは結婚できない！　今ここで婚約を破棄させてもらおう！！」

　大勢が集まったパーティ会場。

　空間を彩る宝石たちが明かりに反射して、星空のようにキラキラと輝いている。

　その光にも負けない程の豪華な衣装を身に纏った男が突然、私に向かって荒々しく言い放った。

「ど、どういうことなのですか。この婚姻は国王である私達の親が取り決めた、国の未来を左右する大事な協定でもあるのですよ！？」

「ふん、大人しい人形の姫かと思えば。随分と威勢がいいじゃないか」

「黙っていられるわけがないでしょう！　貴方は自分で何を言っているのか、ちっとも分かっていないのですか！？」

　負けじと私も言い返す。

　これはただ男女が夫婦になる、ならないの問題ではないのだから。

　私の父が治めるジェイン王国と、彼――キペン・ジャ・エレクトスの父が支配するエレクトス王国が和平を結ぶための重大な友誼。

　それがこの婚姻だった。

　つまりこのキペンが一方的に反故にできるものでは決してない。

「……はたしてそれは、どっちの台詞だろうなぁ？」

「なんですって……！？」

　ここまで言ってもキペンは余裕の笑みを崩さない。

　何かがおかしい。会場の様子に違和感を感じた私は辺りを見渡した。

「（私の従者が、いない……！？）」

　私は嫁入りする形でこのエレクトスの地へとやってきている。

　当然、国から連れてきていた従者たちが居るはずだが……彼らの姿がどこにも見当たらない。それも一人や二人ではない。全員だ。

「（もしかして、捕らえられてしまったの！？）」

　思わずゾクリ、と背筋が凍った。

　集まっていた数十人のエレクトス人が冷たい目を私に向けている。

　たとえ一国の姫である私が泣き叫ぼうと、彼らは決して逃がしてはくれないだろう。

「気色の悪い外見に、得体の知れない道具を使った呪（まじな）い。ましてや神の存在だと！？　そうやって我がエレクトスに混乱をもたらす気であろう！　そんな女を迎え入れる方が、よっぽど平和を乱すに違いない！」

「なっ……なにを今さら！！　それらについては何度もご説明申し上げたでしょう！？」

　私のようなジェイン人と彼らエレクトス人。

　確かに民族の違いはある。見た目だけじゃなく、文化も思想もそれぞれだ。

　私から見たってエレクトスの民は毛深いし、背は小さい。しかもやることはなんでも野蛮だし……それでも私は受け入れてここへやってきたのよ！？

　お互いに歩み寄りはするべきでしょう！！

「神を信じろ、とまでは言いません。しかしそのような存在を感じることで民の意識を統一できるのです。我がジェインではそうやって一致団結することで、様々な災害を乗り越えてきました。それに道具だって、民の暮らしを向上させるために……」

「黙れ！　この件については既に俺の父である王も了承済みだ。我がエレクトスはジェインを攻め、正常な土地へと戻す！！　みなの者、よく聞け。今ここに開戦の宣言を行う！！」

　わあぁ、とエレクトス人が沸きあがった。

　誰も彼もが興奮し、これから起きるであろう殺し合いを心待ちにしている。

　争いを止めようという声はひとつも上がらない。

　つまりここに居る者は誰も、ジェイン国との和平など最初から望んでいなかった。

　では、私がここへやってきた意味とは……

「心配するな、お前にも重要な役目はある」

「うぐっ！？　い、いったい……何をさせる気なのですか……！！」

　キペンは私を無理やり床に押し倒し、その上に跨（またが）ってきた。

　あのギョロっとした瞳を私に向けてニヤニヤと嘲笑（あざわら）っている。この衆目の中で辱めを受けさせようというのだろうか。

「お前には人質となってもらおう。ジェイン王国には、嫌でも戦争をして貰わなくてはならんのでな」

「くっ……なんて卑怯な……っ！！」

　エレクトス人は血の気が多いとは聞いていた。だけどまさか、このような搦（から）め手を使ってくるとは。

「クハハッ！！　なんとでも言うがいい。貴様ら異人の言葉なんぞ、誇り高きエレクトスには通用せん！」

「……脳みそ原始人。目ちっちゃい」

「――貴様、やはりこの場で殺してやる……！！　その首を送り届け、開戦の狼煙（のろし）としてくれるわ！！」

「きゃあっ！？」

　お父様の馬鹿！！

　だから私は『火を使うぐらいでキャッキャしている原人どもは絶滅させた方が良い』って言ったのに！！

「（でも私が死ねばお父様は思う存分、この国を滅ぼせるかもしれないわね。仕方ない、私の犠牲で国が良くなるのなら……！！）」

「その前に我が斧にてお前の四肢をバラバラにしてやろうか……んん？　なんだ、どうして火が消えた。薪が切れたか？」

　ん……？

　なにが起きたんだろう。

　急に辺りが暗くなった……？

「どうやら助けが必要そうですね、ロマニー姫」

「あぁん、誰だ！？」

　突然視界が悪くなり、私の上でキョロキョロとするキペン。

　他のエレクトス人も何事かとざわついている。

「（誰かがこっちへ……？）」

　誰かが松明を持って近付いてきている。

　私は床に押さえつけられたまま、そちらに視線を向けた。

　するとそこには、剣を片手に飄々（ひょうひょう）とした立ち振る舞いをした男が佇（たたず）んでいた。

「お迎えに上がりましたよ、我が姫」

「あ、貴方は……！！」

　私はこの声の主を知っている。

　以前、自分の国で会ったことがある。

　あれはまだ、私がジェイン王国の姫として外交を担当していた時のことだ――。

　◇

「……貴女が僕の案内役、ですか？」

　応接室に入ってきた私に、彼が掛けた言葉はそれが最初だった。

「我が国では男であろうと女であろうと、優秀であれば猫でも使いますの。もし私ではご不満でしたら、今から担当を変えましょうか？」

「いや……失礼な物言いだったね。僕を許してほしい。我が国では女性があまりこういう場に出て来ることが無かったもので。だが、僕は是非とも貴女にお願いしたい」

　素直に頭を下げた彼の名はネアン・デル・タルジェ。

　隣国であるタルジェ共和国の第一王子である。

　隣りといっても国境には山脈が広がっていた関係で、あまり交流をしてこなかった。

　だけど今は違う。交通技術の発展で山道ができてからは、こうして使者を用いて互いに歩み寄りを見せているのだ。

　とはいえ、やはり国が違えば文化も違う。

　となれば当然考え方も違うわけで……私はファーストコンタクトからすでに、その壁の厚さをひしひしと感じていた。

「（もしまた舐められるようだったら担当を変えましょう）」

　だけどそれは杞憂だった。

　彼は使者として選ばれただけあって、柔軟な思考を持っていた。

「これは……すごい。なるほど。図解することによって、知識や技術を広く伝播させるのですね。これなら老若男女、あらゆる人が分かる」

「えぇ。言葉も大事ですが、やはり直接目で見るのは一番手っ取り早く、かつ理解に知識が必要ありませんので」

　ネアン王子は私が案内した学校で感嘆の声を上げていた。

　教師から学ぶジェインの子どもたちの様子をキラキラとした眼差しで見つめている。

「子どもたちには言葉はまだ難解でしょうしね。しかしこの学校というのも画期的なアイデアだ……」

「ふふっ、何か質問があれば仰（おっしゃ）ってくださいね」

　最初こそジェイン人には無い、彫りの深い渋めのイケメンだと思っていたけれど。

　案外こういう無邪気なところもあったみたい。

　きっと彼はいま、自国でも教育をやれないだろうかと思考を巡らせているのだろう。

　私と同じく、国のことを良くしたいと思う気持ちが強いんだと思う。

　次から次へと投げ掛けられる質問に、私が一つ一つ丁寧に解説していく。

「これならわが国でも……いや、問題点としては……」

　うんうん、理解力も素晴らしい。

　やはり彼は一国の王子であると再認識させられるわね。

「いやはや、このシステムを考えた方は天才ですね。この機会に、是非ともお会いしてみたいです」

「そ、そうですか？　えっと、ご紹介しても……良いのですが……」

「本当ですか！？　それは嬉しい。その方は何処に！？」

「うっ……は、はい。時間があれば、そのうちに……」

　興奮したネアンは私の手を取って「絶対ですよ！？」と迫ってくる。

　顔も近いし、男性からこんなにも積極的に触れられたことのない私はドキドキしてしまった。

　紹介も何も、これを考案した中心人物は私だ。

　だからこうも手放しで称賛されると、私も顔が真っ赤になるほどに照れてしまう。

「……っ！！　す、すまない！！」

「い、いえ……嬉しかったです」

「えっ？」

「いやっ、なんでもないですっ！！　つ、次！！　次に参りましょう！！」

　気まずくなり、私は思わず彼の手をパッと放してしまった。

「（はぁ、ビックリした……）」

　安心感のある、大きな手の温もり。

　もう距離を取ったのに、私の手にまだ残っている。

　むしろ意識すればするほど、その熱は増していくみたい。

　気付けば隣りに居たネアン王子が、熱の篭もった瞳で私を……

　これ以上はまずい。

　案内をするどころではなくなってしまうわ。早くここから移動しなきゃ……！！

「つ、次の場所を案内いたしますね！！」

「そうですね……はい、お願いします」

　今度は鍛冶場の紹介だ。

　二人で歩いていると、街の外れにある墓地が目に入った。

　故人の家族が地面を掘り、そこへ亡骸を納めようとしているところだった。

「……申し訳ありませんが、少しお待ちいただいても良いですか？」

「え？　僕は大丈夫ですが……あぁ。あれは葬儀、ですか」

「はい。わが国では死者を送り出すことは神の御許（みもと）に送り出す、とても神聖な儀式なのです」

　たとえ王族であろうと、死者の弔（とむら）いを邪魔することはできない。

　安らかに眠れるように、同じジェインの民として祈りを捧げるしきたりになっているのだ。

　これに関しては……異国の人間である彼に理解してもらうのは難しいかもしれない。

　ジェイン王国では信仰がある。

　それは理解の及ばない現象……嵐や干ばつ、病気といったことを神の御業（みわざ）とするものだ。

　信仰の対象を用意することで、不要な恐怖をやわらげることができる。

　さらには対策についても国の方針で統一できてしまうのだ。

　もちろん、こうしているのには理由がある。

　『死者を放置すれば、病気が起こる。それを防ぐために埋葬する』と説明しても、民は理解するのが難しい。

　『埋葬すれば神も死者も喜ぶ』

　そう説明することで、民たちには納得してもらっているのだ。

「成る程、居なくなってしまった者を悼（いた）む。そして送り出す者を慰める効果もあるのですね」

「えぇ、死というのは誰しもが抱く“恐れ”です。時にそれは国を脅（おびや）かす災厄の種となりますので」

「それで、神ですか。それも教育の一環……ですね？」

「……さすがです。そこまでお分かりいただけるとは」

　まさかこれだけの説明で、ネアン王子が裏の意図まで察するとは思ってもいなかった。

　民をまとめ上げる為に普段から思案する人間でなければ、この発想をするのは無理だ。

　やはり……この人は凄い。

「ロマニー姫。僕の不躾な願いを聞いてはいただけないでしょうか」

「……はい、なんでしょうか？」

　少し考え事をしてしまっていた。

　ネアン王子は私の正面に立ち、真剣な表情で私を見つめている。

「もし、可能であれば。ロマニー姫を我が国へお招きすることはできないでしょうか」

「え……？」

「……学校に政治、そして民の暮らしを豊かにする道具の開発。どれも我が国には足りないものばかり。是非ともタルジェ共和国にも広めていただきたいのです」

「ネアン様……」

　私が欲しい、といって頭を下げるネアン王子。

　これはちょっとした異常事態だ。

　なぜなら自分の国を下げるような言い方は、普通の王族であれば絶対にしないから。

　目の前のこの人はプライドよりも、自分の国の為を思ってここまでした。

　私としても快く頷きたいところだけれど……。

「……申し訳ありません、ネアン様。タルジェに行くことは不可能なのです」

「そんな……」

「正確に言えば、私（・）が（・）貴国へ行くのが無理なのでございます」

「それは、いったいどうして……？」

「実は……」

　その頃にはもう、私はエレクトスに嫁入りすることが決まっていた。

　これから嫁ぐ女が他国に行くというのは許されていない。

　そもそも、エレクトスとタルジェは敵対している。つまり外交的にかなりマズい状況なのだ。

「私がタルジェに行くことは時期的にも、世情的にも出来ないのです。残念ながら……」

「そう、だったのですか……」

　私としてはタルジェに行って自分の知識や技術を伝えてみたかった。

　ネアン王子みたいに理解のある人がいればきっと国ももっと良くなるし、そうすれば私の国も共に発展してくれるはず。

　しかし私の身が行く先はエレクトスだ。

　それにあの野蛮なエレクトスをどうにか変えないといけないだろう。そうしなければ、いずれエレクトスは他の国にも戦火を撒き散らしてしまう。

「私の代わりになる者を推薦しておきます。ですので、それでどうかご容赦を……」

　私以外にもこの国には優秀な人材はたくさんいる。

　直々に育てた弟子もいるし、私と違って気立ての良い女の子も居る。

　きっとネアン王子も気に入ってくれるはず……。

「……いやだ」

「えっ？」

　いきなりネアン王子の口から、駄々を捏ねるような発言が飛び出した。

　さっきまで紳士的なイケメンだったのに、急にどうしちゃったんだろう？

「先ほど、僕は国のためと言いましたが」

「……？　はい、とても素晴らしい熱意の篭もったお言葉でした」

　私以上に国の為に行動を起こせる、稀有な人だと思ったほどだ。

「だけど本心はそこだけじゃない。……僕は貴女に一目惚れしたんだ」

「ええっ！？」

　突然の告白に素っ頓狂な声を上げてしまう。

　良かった、葬儀はもう終わっていたみたいだ。彼らは献花も終えて墓地から去っていた。

「じゃあ国に迎えたい、というのは……」

「……うん。妃（きさき）として貴女を僕の妻にしたいって意味だったんだけど……」

　まさかのプロポーズ。

　告白をすっ飛ばして求愛をされていたみたいだ。

　いや、本当に技術派遣的なモノだと思ったからつい……。

「だけど、すでに婚姻が決まっていたのなら仕方がない」

「はい……申し訳ありません」

「いや。謝らないでくれ。急にこんなことを言い出した僕が悪いんだ」

　深く頭を下げるネアン王子。

　なんだか次期国王にここまで謝られると心が痛い。

「ここで僕が無理を通して貴女を奪えば、国のためという大義名分も失ってしまう。そんな僕を貴女が好いてくれるはずがない」

「そう、でしょうか……」

「あぁ。だから僕は僕らしく。いつか貴女が僕を欲してくれた時に迎えに行くことにするよ」

　◇

「如何（いかが）ですか、ロマニー姫。今なら僕のこと、欲しいって思ってくれますか？」

　決め台詞と共に、ネアンはツカツカとこちらへと近づいて来る。

　彼の後方からはタルジェの兵と思しき大群。武装した集団が、パーティ会場へと突入して来ている。

「……馬鹿」

「ええっ！？」

「そんなキザっぽいセリフで私が喜ぶとでも？」

　せっかく考えた名セリフだったのに、とガックリ項垂れるネアン王子。

　もしかして、それを言うためにわざわざこの機会をうかがっていたってこと？

　うーん。助けに来てもらってなんだけど、この人ってこんなキャラだったかなぁ？

「いいから、早く助けてくださいよ。私の王子様」

「ふふっ、ふふふ……その言葉。一生忘れないよ」

　仕方がない。

　ここまでされちゃったら嫌です、なんて言えないでしょう。

　まぁ、最初っから言うつもりもないけれど。

　と、ここで茫然自失となっていた男がようやく我に返った。

「――てめぇら、いい加減にしろよ？　俺を置いて何をくっちゃべってやがる！！」

　私の上に跨（またが）ったままのキペン。

　彼は額に青筋を浮かべながら、手に持った石斧をネアンに向けている。

　怒りのあまり、叫びと一緒に唾が飛んで私の服に掛かった。うぅ、汚いなぁ。

「あーあー、これだから旧時代の原人どもは嫌なんだよ。ムードってモンをまるで分かっちゃいない」

「あ？　何を訳の分からねぇことを……」

「まぁ、その方が悪役っぽくて良いけどさ。その古びた価値観ごと、タルジェが創り上げた剣で引導を渡してあげるよ！！」

　ネアンはそう叫ぶと、石剣を片手にキペンへと襲い掛かっていく。

　そこからは圧倒的な展開だった。

　数こそエレクトスの方が多かった。

　それでもタルジェが開発した新しい剣は、次々と敵を薙ぎ倒していく。

「すごい……」

　そう時間も掛からず、ネアン達はこの場を綺麗に制圧してしまった。

「……ふぅ。やっぱり戦うのは苦手だよ」

「その割に喜々として剣を振っていましたけれど……」

　助け出された私は今、ネアンの腕の中にいた。まるで飼い主に抱かれた仔猫のようである。

　生き残ったタルジェの兵士たちは、そんな私たちの様子を見てニヤニヤとしていた。

　うう、恥ずかしい……。

「それで、僕たちの結婚式はマンモスのステーキで良いかな？」

「……ベリーのデザートも忘れないでください」

　もう、何も障害なんて残っていない。

　冗談を交わしながらクスクスと笑い合う。

　そんな私たちを、昇ってきた朝日が温かく祝福してくれていた。

　こうして私たちは両国の懸け橋となり、末永く暮らした。

　子どもにも恵まれ、死後も多くの民達が私たちの墓に献花してくれたことが後の世で発掘されたそうだが……それはまた、別のお話。