第四章 僕たちがたどりついた場所は

第47話 最終層突入

 ──八月。

 

 夏の陽光が容赦なく降り注ぐ季節。

 日本本土よりも南の海上にあるオノゴロ海上都市は、建設時に最新のさまざまな防暑ぼうしょ技術が取り入れられているのだが、それでも身体にこたえる日々に入っていた。


 そんな中、T.S.O.のダンジョン攻略はついに最終局面を迎えようとしていた。

 三大ギルドの一つ、サウザンアイズをメインとする一団が、最終層である十三層へと到達したのだ。

 僕たちもその情報を得てから、三月ウサギのメンバーたちとともに半日遅れで足を踏み入れることができた。


 最終階層は、リアルの猛暑にうだる僕たちを嘲笑あざわらうかのような、氷の神殿、いや、氷の城と表現すべき巨大な建造物だった。

 磨かれた鏡のような氷の壁、さまざまな光を放つ氷柱ひょうちゅういろどる神秘的な雰囲気が攻略へと意気込む僕たちを迎え入れる。


「わかっちゃいたけど、これは難儀なんぎだわ」


 先頭を進むロザリーさんがため息をつく。

 壁や天井全体が鏡になっていて光が乱反射らんはんしゃし、大きな部屋どうしを繋いでいる通路も三人並ぶのがやっとくらいの狭さで、かつ、複雑に入り組んでいるため探索しづらいことこの上ない。オマケにモンスターたちもそういう特性を最大限に利用して不意打ちをかけてくることが多く、精神的な消耗が激しく、周りの光景を楽しむ余裕すら持てない。

 それは僕たち以外の攻略チームも似たようなもので、攻略はある意味想定通りというか、遅々ちちとして進まなかった。


「うーん、魔力の残りが少ないよ、アリオットとサファイアさんはどう?」


 くーちゃんの問いかけに、サファイアさんが応える。


「私はまだ余裕があるけど、回復アイテムの在庫が心許こころもとないわ」

「僕の方もそろそろ限界が見えてきたし、一旦、入口まで戻ろうか」


 探索では回復役の状態が最優先だ。他のメンバーたちもそれはわかっている。

 今まで作った地図で最短ルートを確認してから、隊列を組み替えて撤退していく。


 十三層の入口には既に攻略を始めている三大ギルドのメンバーたちの他に、情報を聞きつけてやってきた大小さまざまの攻略パーティが集まり、今までと同じような大規模なキャンプが形成されていた。


 戻ってきた僕たちが一角にスペースを確保すると、三月ウサギのフェンランさんがこちらを見つけて声をかけてきた。


「ちょうど良かった、今から他のギルドとの情報交換に行くんだが、一緒にどうだ?」


 ちょっと疲れはあるが、せっかくの機会だ。僕は一言礼を述べてから彼のあとにつく。

 キャンプの中央部には、すでにサウザンアイズと梁山泊のメンバー、その他の攻略ギルドなどから数十人が集まってきていた。全員程度の差こそあれ面識があるプレイヤーたちだ。


「おう、ウサギとWoZのぼんじゃないか。無事に戻れたようだね」


 巨大なオノを担いだ恰幅の良いおばさん戦士がニヤリと笑う。

 梁山泊のギルドマスター、アンネローゼ様だ。アンネローゼね、ここ重要。

 フェンランさんが苦笑する。


「やっぱりアンネローゼ様もいらっしゃってましたか」

「当たり前さね、十二層の攻略はサウザンの若造たちに後れを取ったけど、勝負はここからだよ」


 攻略ギルドの中でも荒っぽい気性きしょうのプレイヤーが多い梁山泊りょうざんぱく、それをまとめているアンネローゼ様は、その泰然たいぜんとした風格と迫力からも、ほとんどの攻略ギルドのメンバーから敬意を持たれている。

 ただ、絡まれると面倒なことも多いので、僕はフェンランさんの背中に隠れるようにしてこっそりと腰を下ろした。

 青いマントと白地に金の意匠が施された立派な鎧を纏った聖騎士が声を上げる。サウザンアイズのギルドマスター、シグムンド卿だ。ちなみにシグムンドきょうが大事。T.S.O.内で最大の攻略ギルドのリーダーとして、周囲から尊敬の念を持ってそう呼ばれている。まあ、時たま見せる大仰でわざとらしい振る舞いに対する多少の皮肉もこめられているのだが、本人が気に入っているようなので定着していた。


闇王やみおう墓所ぼしょも、ついに最終階だ。はやる気持ちを抑えるのも難しいだろう。だが、だからこそ、慎重に、かつ着実に進めていこう」


 最初に入口を見つけたギルド、今回はサウザンアイズが攻略の中心となる。攻略が厳しくなってきた八層くらいから定着していた暗黙の了解だ。

 僕はフェンランさんたちと同様、自分たちが収集してきた十三層の情報を求められるまま、シグムンド卿へ転送する。

 しばらくすると、サウザンアイズのメンバーの手によってまとめられ、再構築された情報が返送されてきた。

 僕は食い入るように送られてきたデータに見入る。周りのプレイヤーたちも同様だ。さっきまで雑談で賑わっていたのに、一瞬で場が静まりかえる。


「……ん?」


 僕は小さく首を捻った。まだ階層の全容も掴めない一部分の探索結果の集合体。ただ、なんとなく違和感というか、法則性めいたなにかがあるような気がしたのだ。

 ぴーのがまだゲーム内にいることを確認して、チャットで声をかける。


「ぴーのにちょっと頼みたいことがあるんだけど」


 そう前置きしてから十三層の攻略データと自分が気になっている点をいくつか送信する。

 するとぴーのから了解の返事が届いた。


[いいよ、ちょっと分析してみる]


 短く礼を伝えてから、今度はゲーム外のウィンドウを立ち上げて、メッセンジャーを開く。


「リーフもオンラインだな」


 リーフの状態表示がネットに接続中であることを示す緑になっている。思い切って呼び出してみると、すぐに反応があった。


[どうしたの?]


「それがさ……」


 ぴーのに対して説明した内容を繰り返す。すると、リーフの方は少し考え込んだみたいだったが、結局は受け入れてくれた。データを送ってから一息つく。


「なにか気づいたことでもあったのか?」


 そのやり取りを聞いていたのだろう、フェンランさんがこちらを見ていた。


「ええ、まだマップの断片だんぺんではあるんですけど、なんというか建物の法則性みたいなものがあるんじゃないかと思って。ただ、確証は思いつかなかったから、そう言うことが得意な仲間に調べてもらおうかなと」

「ふむ……確かにこの階層は氷の城というべき人工物的な側面があるしな。確か十二層も神殿がモチーフで最終的には複数の螺旋構造の組合せになっていたことが判明したし……」


 フェンランさんは短く呟いてから考え込む。

 僕も再度、データに視線を向ける。情報ウィンドウに表示された地図を指でなぞりながら考え込むうちに、それほど時間をおかず、ほぼ同時にぴーのとリーフから返事があった。

 二人ともそれぞれが使用している人工知能AIのアルゴリズムを用いて解析したというデータが添付されていた。その二つのマップデータを並べてみる。


「……やっぱり!」


 僕は思わず声を上げてしまい、周囲の視線が集まってしまう。


「なんだい、ぼん。なんぞわかったことでもあったのかい」


 アンネローゼ様がニヤリと笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 一瞬、僕は躊躇ためらった。

 だが、シグムンド卿にも促され、立ち上がって一息ついてから、フェンランさんに説明したことをさらにもう一度繰り返した。


「そして、これが仲間からもらった分析結果です」


 併せて送られてきた二つのマップ予測データを提示する。

 すると、それを見た何人かのプレイヤーたちも外部とのデータのやり取りを始め、ほどなく、いくつかのマップ予測データが追加されていく。

 アンネローゼ様がヤレヤレといった風でため息をついた。


「若いもんは面白いこと考えるもんだね」

「ああ、まったく。面白いとしか言いようがないな」


 シグムンド卿も重々しく頷いた。寄せられたマップ予測データのほとんどが、多少の誤差はあれ、ゴールとおぼしきボス部屋の位置と、そこに至る経路をほぼ同じように想定していたのだ。


「まあ、ゴールまでの距離は長いが、効率という側面では大きいな、これは」


 フェンランさんが笑う。それを口切りに他の面々からも賞賛の声が寄せられ、僕は思わず赤面してしまう。

 そんな僕をひとしきりからかったあと、シグムンド卿、アンネローゼ様、それにフェンランさんを中心として、十三層攻略プランの再検討が始まった。

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