Last episode:広い世界へ

 抜けるような高い空の下、アウレリアの街には新しい季節の花が咲いた。

 花びらが宙を舞い、賑やかな街並みを一層華やかに彩る。青年と少女は、緩やかな坂道を駆け下りていた。

「ねえフィノ、今日はどこまで行く?」

「そうですねえ。そろそろ豪華な食事をしたいですし、高く売れる薬草が欲しいですね」

 フィーナの身長をすっかり追い越したチャトと、相変わらず可憐な少女の姿をしたフィーナ。体の成長速度は違えど、ふたりは今も、手を取り合って生きている。

「さっきから市場の方へ人が走っていくのを見ますね。サーカスでも来たんでしょうか?」

「違うよ。イリスがまた王宮を脱走したんだよ。匂いがするから間違いない」

「またですか! あの子も変わりませんね」

 それからフィーナはふと、足を止めて天空を見上げた。高い桜色の空に、雲が漂っている。花の花弁がひらりと通り過ぎて、ポピのものらしき黒い羽根も一枚、空に消える。

「彼、本当に戻ってきませんね」

 ぽつりと零すと、チャトも立ち止まった。

「もう来ないって言ってたもんな。こっちも約束守って、腕輪、作んないし」

「挨拶もせずにいなくなったから、まだこっちにいるんじゃないかと思ってしまいます」

 フィーナは皮肉っぽくため息をついた。

 三年前の、イリスの式典の日。人混みの中ではぐれたときに、人の隙間から洩れ出す双翼のような光を見た。僅かに残った燐光だけがその場に残って、自分を追いかけていたはずの少年の姿はなくなっていた。

 チャトが耳をぺたっと倒して、眉間に皺を刻む。

「だよなあ。キチキチしてるあいつらしくないよな」

 それから、彼はフィーナの腕をとって笑いかけた。

「そのうちまた現れるかもな。そしたら俺、どこにいたってあのおいしそうな匂い、一発で見つけるから。さ、出かけよう?」

 腕を引かれて、フィーナもまた、歩き出す。

「そうですね。今日はうんと遠出して、キュロボックルを探しに行きましょうか?」

 見たことのない景色を探しに。知らない感情を探しに。

 まだまだ無限に広がる世界の果てまで、行けるところまで。

 ふたりは手を繋いで、坂道を駆け抜けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る