episode5:探る距離、触れる距離

「お前ら、寒いところが好きなんじゃなかったのか?」

 赤い髪の女が、密林の木に寄りかかっている。尋ねられた魔族は彼女に向かって頷いた。

「ウム。我々魔族、この密林の環境、合わナイ。だカラ、密林の西半分だけ、魔導で気候変えタ」

「なんでもありかよ。で、えーと、お前は……」

「アルロ。名前、覚えてホシいダ」

「すまんすまん」

 駆除班班長のランは、仕事が休みの日にはときどき、この密林の島を訪れる。ここに住まう、懐かしい友人に会いにくるのだ。

 ふいに、ランの前にひゅっと、蔓が伸びてきた。マモノとの戦歴の長いランは咄嗟に武器を取りそうになったが、意識的に手を止める。

「ゴボボ……」

 蔓の主が、ドブ川の水流のような声を出す。ランはじろりと鋭い目つきをそちらに向けた。

「お前らはまず、他種族を驚かせないコミュニケーションの取り方を覚えるべきだな」

「アボボ……ギェ……」

 蔓の主、すなわち毛族は、ランや魔族と意思の疎通を取りたくてこうして蔓を突きつけてくるのだ。

 毛族の島に魔族が移住してきて、三年が経つ。里をマモノに侵略された魔族が、緊急避難先としてこの島にやってきたのがきっかけである。一時的な避難先のつもりだったし、先住民の毛族には驚かされたが、毛族側は魔族を手厚く受け入れて新たな仲間だと喜んだのだ。

 魔族は、そんな風に受け止められるのは初めてだった。

 大体他の種族は、強大な魔力を持つ魔族に対し無意識に萎縮する。ところが毛族は魔族の魔力を理解しておらず、彼らを魔力でなく、ひとりひとりの「人」として接したのだ。魔族にとってこれは初めての感覚であった。自分たちの強さを分からせたい気もしたし、そのままの自分を見てくれることが嬉しくもあった。彼らは自身の知らない、新しい感情を知ったのだ。

 そういったなんともいえない距離感が常態化し、マモノが静まったあとも、魔族は毛族の島と魔族の里を行き来するようになった。毛族も、里へ帰る魔族を追って水中トンネルを潜り、魔族の里を見学している。言語が違うため深い交流こそないが、互いに傍にいるのが心地よいのだ。

「毛族、悪い奴らジャないガ、知性が足りてナイ」

 アルロがスパッと言う。ランは無遠慮な魔族の態度にやや眉を顰めたが、アルロの発言自体には同意である。

「せめて言語が同じならなあ。いろいろ教えてやれるんだけどね」

 ランが毛族のぼさぼさの毛並みに触れようとした、そのときだった。

「ラ……ン……」

「おっ?」

「ラン……、好ギ」

「おっ!? お前、今、喋った!?」

 驚いて飛び退くランの横で、アルロがいやに冷静に唸る。

「一体どうヤッテ覚えたダ」

「こっちの話してる内容は、もう聞き取れてるのか?」

 ランは再び、毛族の頬に手を添えた。

「ガキの頃は世話になったね」

 出会った日から二十年。再会して三年。ようやく、伝わった気がした。

「私も、また会えて嬉しい」

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