第15話 獅虎怜央
消えた二人はどこに行ったんだろう?
そして奈央ちゃんはなんで下着が入った紙袋を置いていったんだろう。これじゃあまるで僕が買ったみたいじゃないか。
本当なら、戻ってくるかもしれないからこの場所から動かない方がいいんだろうけど、さすがに無理だね。さっきもランジェリーショップから出てきたお姉さんにガン見されたもの。手元の紙袋と僕の顔を見て、笑顔で「うんうん。いいと思う」みたいな頷き方をされたもの。
違うんです。僕に女装癖はないんです。だけどお姉さんが僕にそれを着せてイタズラをしたいと言うのなら少し考えます。いや、嘘。無理。
さて、くだらない事考えてないで移動移動っと。
で、とりあえずフードコートに来てみたよ。ここなら開けているから見つけやすいだろうと思ってね。一応さっきのランジェリーショップも少し遠い位置にだけど見えるし。
そういえばここに来る途中でアニメ斎藤の前を通ったんだけど……凄かったなぁ。
まるでバーゲンセールに群がるおばちゃんの如く、うら若き乙女達が決死の形相でレジに押し寄せていた。
きっと何か腐女子向けの何かが出たのかな? 興味無いけど。
待ってる間、ファーストフード店でポテトを頼んでモッサモサ食べる。それをコーラで流し込んでさらにモッサモサ食べる。
「中々戻ってこないや。ほんとどこ行ったんだろ」
そう呟いた時、キョロキョロしながら走る奈央ちゃんの姿が見えた。どうやら僕を探してるみたいだね。それにしても険しい表情だなぁ。
あ、気づいたみたいだ──って、えぇ!?
「来て」
気付くなり人をかき分けてダッシュで僕の元に来ると、手を掴んできた。せ、積極的だなぁ。
「え、なに? どうしたの?」
「欲しいのが……あるの」
「欲しいの?」
「いいから早く! 数量限定で一人一つなのだ! お主も来てくれ!」
なんだろう? 気持ちが高まると武将になるのかな?
しかも期間限定? なんだろ?
そのまま手を引かれて僕が連れてこられた場所はアニメ斎藤。目の前には店内を埋める行列。みんな似たようなキャラクターのクリアファイルやアクリルキーホルダーを手に持っていた。
ん? なんかこのキャラ、妙な親近感があるんだけど……。
「欲しいのってアニメのキャラのグッズ?」
「なんだと? 我の愛しい人をただのキャラ扱いするでない! このままではまたしてもあの女に……くっ! それだけは……」
うわぁ……拗らせてるなぁ。これってアレでしょ? 架空のキャラにガチ恋してるって事でしょ? ちょっと理解出来ないや。
まぁいっか。欲しいって言ってるなら付き合うけどね。
「わかったよ。それで僕は何を買えばいいの?」
「コレとコレだ。頼んだぞ! 我もソレと同じものを」
「え? 同じの買うの?」
「当然だ」
当然なんだ……。凄いや。無駄以外の何物でもないよ。
そしてそこまでして欲しがるのっていったいなんなんだろ? えっと……ん?
「獅虎怜央? あれ? どっかで聞いた事あるような……」
「お主! 怜央きゅんを知っておるのか!?」
怜央きゅん? 怜央……きゅん?
ちょっと待って。獅虎怜央って……え? いやいや! そんなまさか! え? 嘘だよね? 怜央きゅんってコレなの!? 実在の人物じゃないの?
あ、コレ、よく見ると着てる服が僕が前に渡瀬さんと藤宮さんに着せられたイカれた制服と同じだ……。
どうりで。あんな制服着せる学校なんて頭おかしいと思ったんだ。
あれ? ということは、渡瀬さんや藤宮さんが彼氏って言ってるのは二次元の彼氏ってこと? ただのイタイ思い込み彼氏ってこと? それを彩音さんが寝取ったって言ってるの? なに? 彩音さんいったい何をしたの? 全然見当がつかないんだけど?
「どうしたのだ? 急に固まりおって」
「……奈央ちゃん。この獅虎怜央って実在しないよね?」
「何を言っておる? 怜央きゅんは生きておる。我の胸の中に。いつでも我を見てくれておる。ほれ」
奈央ちゃんがそう言って僕に見せたのはスマホの待ち受け画面。金髪のチャラい男がウィンクしている。
「な?」
な? じゃないよね。見てないよね。絶対見てないよね。まずなによりも生きてないよ。平面だよ。頭の中どうなってるの? 後で日高さんに相談してみよう。これは大変だ。末期だ。
「ほれ、前が進んだぞ。歩くがよい」
「…………」
釈然としないまま足を進めると、レジに置いてある怜央きゅん等身大パネルの横のスピードからこんな声が聞こえた。
『オレが奏でるのはお前の音だけだ!』
………………。
えっと……これ、兄ちゃんが前に言ってたセリフだよね。そしてコレ、兄ちゃんの声だよね?
──嘘でしょ?
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