その5
私は水口と扉の隙間を上手く抜けて、逃げようとする。
「かくれんぼの次は鬼ごっこかな。アカリちゃん」
しかし、部屋の出入り口は水口が既に塞いでいてらしく、部屋から脱出することができない。
「もう、帰って、帰ってよ!」
私はその辺にあったクッションを投げて抵抗するしかない。
「酷い歓迎だなぁ。折角女神様の看病をしてあげようと部屋を訪ねたのに」
「なんで私の部屋を知っているのよ!」
私はついにベッドまで追い詰められる。いよいよ逃げ場がない。
「探すのは苦労したよ? でもね知ってる? 配信とかでは部屋の間取りが映らないようにするのも大切だけども、ちゃんと目に映る風景にも気を配っていないと、場所が特定されちゃうって」
水口は自らの目を指差した。
そうだ。私は自分の部屋の間取りで特定されると思って対策していたけれど、それ以外は何も気にしていなかった。配信に使う部屋のカーテンはレース地で外の風景が透けて見えるのだ。
「あとSNSにキーホルダーを載せるときはちゃんと鍵の番号も隠さなきゃね。スペアキー作るときに必要になる情報なんだし。まぁ、そのお陰で僕は女神様の部屋に侵入できたからいいんだけれど」
そうか、水口は私のSNSや生配信から得られる情報を元に、私の部屋を割り出したのだ。だから、私のSNSの更新などを即座に通知できるように、シェアなんとかっていうアプリを使ったのか。
「部屋の候補はいくつかあったんだけど、スペアキーの入る部屋がココしかなかったからね。見事ビンゴってわけ。いつでも女神様を見ることができるように近場にも引越ししたから」
コイツはもう客でもなんでもない。完全に私のストーカーと化していた。私はポケットの中でゴソゴソと操作をする。
「ところでアカリちゃんは体の何処の調子が悪いの?」
私が何かゴソゴソとしているから水口が気付いたのかと思って心配したが、訊いてきた内容は私の体調の話だった。
「え、何処って……」
誰かに触られている気がするだなんて言ったら、コイツはなんて思うのだろうか?
私が黙っていると、水口は自らの右腕を触る。
「ココ?」
ペタ。
水口が彼自身の右腕を触った途端、私の同じ腕にも何かが触れる。
え? どういうこと?
「それともこっちかな?」
今度は自らの左肩を触る水口。
ペタ。
今度は左肩に触れる感覚。
まるで、水口が自分自身を触っている触覚が私とリンクしている感覚だった。
「あー、ここか」
水口は笑って今度は両手で自分の頬を触った。
ペタ。
私の頬に何かが触れる。
「なんで?」
「どうしてだと思う?」
水口はニヤニヤしなら質問をする。私は何がどうなっているのか全く訳が分からなくなり、首を横に振るしかなかった。
「このあいだお店に行ったときに、説明したよね? 【パーソナルシェア】のこと」
確か説明していた。だけど、その時は私のSNSの更新を通知する為のものとしか教えられなかった。だから、そのSNSで情報を集めて私の部屋に侵入したんじゃないの?
「SNSの通知はSNS単独でも出来るでしょ? 僕がアカリちゃんとパーソナルシェアで本当に共有したものは、僕の触覚の感覚をアカリちゃんにも伝わるように共有したのさ。つまり、僕が自分の体に触ると、アカリちゃんにもその感覚が伝わるってワケ」
触覚を共有? 普通のアプリごときにそんな事が出来るわけないじゃない。
「それが出来ちゃうんだよなぁ。このパーソナルシェアなら。だって僕が自分の肌に触るとちゃんとアカリちゃんにも伝わるでしょ?」
水口は手で自分の首筋をツーっと撫でる。その感覚がそのまんま私の首にも伝わってきて、ぞわぞわと鳥肌が立った。
「ほらね?」
「今すぐそのアプリを消して! 私との共有を解除して!」
私はこんな男と一生感覚を共有するのが嫌で嫌で必死にアプリの共有解除を迫ったが水口は大変残念そうにこういった。
「解除したいのは山々なんだけどさー。アカリちゃんとの共有が完了した途端に勝手にアプリ削除されちゃったし、アプリのストアでいくら探しても見つからないのよねぇー。つまりは、女神様の肌の感覚は一生僕の予約済みっていうことで」
水口は嬉しそうに言っている反面、私の気持ちはどん底まで突き落とされた感じだった。
そんな、一生感覚を共有だなんて……。
「心配はいらないよ。僕が一生面倒をみてあげるから。僕の女神様」
嫌だ……。絶対に嫌だ……。
水口はあれから私は密かにSOS信号を送っていた店からやってきた私服姿のボーイ三人に取り押さえられて、後に警察署へと連れて行かれた。
後の取調べで私に対するストーカー行為の数々をどんどん自供したので、すぐに私の元へ現れることはないだろう。
しかし、水口の口から発せられた衝撃的な言葉がまだ心のトラウマとなっているため、私はなかなか仕事へ復帰することができない。
だって、アイツが捕まっても、私との感覚共有は続いているのだから。それは怖くてとても仕事どころではない。
ペタ。
私の存在を確かめるように、水口は恐らく自分の肌に触れているのだろう。私は時折やってくるその恐怖の瞬間を毎日怯えて過ごすしかないのであった。
Case3 終了。
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