その3
「……でね、左肩をトントンされたから、アカリがふと振り向いたら、そこに誰も居なかったのー」
出勤してすぐに入ったところの客に、朝の出来事をフィクションを織り交ぜて説明をする。これも、一種の特定対策だ。
「アカリちゃん。それってもしかして、コレなんじゃないの?」
客は指先を下に向けて、お化けのポーズをする。
「えー、お化けだったのー? アカリ怖くて寝られなくなっちゃいそー。片山さんその時は怖がらせた責任取ってくださいよぉ?」
まぁ、大体そういう話になるとお化けのせいということになることは分かっていた。だから怖いのである。
そんな怖い気持ちを面白おかしく接待しながら何とか気を紛らわせようと頑張っていた。客の片山さんも私を怖がらせない為か、優しく、アカリの肩を優しく叩いて元気付けてくれているようだ。
「もー、片山さんったらアカリが怖がっているからってセクハラしちゃだめですよー」
私は笑いながら客に話しかけると、片山さんはキョトンという顔をしながらコチラを見る。
「え? 俺はアカリちゃんの体に触ってないよ?」
え?
「だって、今、アカリの肩を優しく叩かなかったですか?」
「俺はずっとグラスに手を置いてたし、許可なく女性の体に触るなんてそんな失礼なことなんてしないよ」
その言葉に自分の血の気がサッと引いていくのがわかった。
片山さんが触っていないというのなら、一体誰が、やっぱりお化けが原因なの?
「アカリちゃんゴメン。俺がお化けのせいとか言ったせいで怖がらせちゃって……」
青ざめていく私の表情にビックリして、片山さんが急いでフォローに入る。
「アカリの方こそ迷惑かけてごめんなさい……、ちょっとバックヤードで落ち着いてくるね」
接客中なのにも関わらず、私は力なく立ち上がって、フラフラとバックヤードへと入る。自分のロッカーの前に立つと、程よい室温に保たれているはずの空調が何故かとても寒く感じられて、ガタガタと震えがとまらない。
「ちょっとアカリ大丈夫なの? 震えてるよ?」
「大丈夫?」
私がバックヤードへと入っていくのが見えた同僚たちがロッカー前で震えている私を見てかけつける。
「大丈夫。ちょっと休めばおさまると思うから。迷惑かけてごめんね。片山さんの相手、誰かヘルプでお願い」
ちょっとあんなことがあると暫くは片山さんの顔を見るのもダメになりそう。それに、片山さんのほうも私の指名も遠慮してしまうだろう。あーあ、折角沢山指名してくれたのになぁ。
一生懸命深呼吸をしながら震えを抑えようとしていると、オーナーがやってきた。多分、店の子の誰かがオーナーに話をしたのだろう。
「アカリ、震えは止まりそうか?」
「あと五分くらいしたらなんとか止まりそうです」
「そうか、あまり無理はダメだからな」
「はい、ありがとうございます。オーナー迷惑かけてごめんなさい」
オーナーは別に大丈夫と言葉を残して、バックヤードを去って行った。
やっと少しずつ体の震えが治まってきた。これなら何とか売り上げを巻き返すこと出来そうだ。
ロッカーを開けて化粧ポーチを取り出し、手鏡を見る。すっかり凄い汗を書いていて、私はスポーツタオルで軽く顔の汗をふき取って、ファンデーションで化粧の崩れている部分を丹念に直す。青ざめた顔もなんとか元通りの顔に修正できた。
よし、ちょっとバックヤードで休憩した分取り返さないといけないぞっ。と意気込んでバックヤードを出た瞬間だった。
ペタ。
何かが私の化粧を直したばかりの頬に触れる。
「ひっ」
その慣れない肌に当たる感覚にゾッと寒気が走る。しかし、コレだけじゃなかった。
ペタペタペタペタペタペタペタ。
怒涛の如く私の体中を“何か”が触れている。ゾゾゾゾ……と鳥肌までたち始めた。
「いや、本当になんなのよ、コレ」
私はその感覚が本当に嫌でバックヤードの入り口前でうずくまって丸まるが、触れてくる何かはそれでも肌にのみ感覚があるのだ。
私はだんだんパニックになって、過呼吸になる。その私の様子に店内は騒然となっていた。ボーイはうずくまっている私を助けようと体に触れようとするけど、
「お願い……私に触らないでっ!」
パシン。
それすら拒絶反応を示すようになって、私はボーイの手を叩く。ボーイは悲しそうな顔をして私から離れていく。
もう、ヤダ、なんでこうなるのよ。一体、これは何なのよ。
息も絶え絶えになっている私のところへオーナーが駆け寄ってきた。
「アカリ、とりあえずバックヤードへ戻るんだ。このままじゃ騒動が大きくなる」
立てるか? と訊かれて、よろよろになりながらなんとか立つと、オーナーと二人で再びバックヤードへと入る。
その頃には、肌へ触れる謎の感覚はなくなっていた。
私はパイプ椅子に座らされて、オーナーから深呼吸をするように指示をされ、ゆっくりと大きく深呼吸をした。
「落ち着いたか」
さっきまで苦しかった呼吸も楽になり、会話も止まらずに出来るようになった。
「すいません……」
店に迷惑をかけてしまった私はオーナーに謝ることしか出来なかった。
「アカリ、暫く休みなさい。きっとストレスで感覚が過敏になってしまっているのかもしれない。店をクビにはしないから落ち着いたらまた出勤してきなさい」
「……はい」
こうして、オーナーの指示により私は無期限の欠勤という扱いになってしまったのだった。
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