その4
かれんちゃんとのリアルで逢う日になった。何故かこの日だけは痛みで目覚めることは全く無く、スマホのアラームで目が覚めた。
なんだか今日はぐっすり眠れた気がする。やっぱりかれんちゃんに逢う事がそんなに嬉しくて痛みすら忘れるくらいだったんだろうかと呑気に考えながら、待ち合わせ時間に間に合うように着替えをする。
外へ出て街中を歩くのも足取りが軽い。こんなに軽快に歩けるのってなんだかすっごく久々のような気がする。スイスイ歩いてたら指定された待ち合わせ場所に三十分も早く着いてしまった。
近場の自動販売機で炭酸飲料を買って飲んで待っていると、俺の目の前に薄緑色の長袖のシフォンワンピースを着た女の子がやってきた。
「あの……ウィナーさんですよね?」
女の子は周囲にあまり聴こえないようにボソっとした小声で俺に訊ねてきた。
「えぇ、そうっす。もしかしてかれんちゃん?」
俺が答えると、彼女は表情を一気に明るくした。
「はいっ! そうです。やったぁ……本物のウィナーさんだぁ」
彼女の反応は街中で有名人に逢ったような反応そのもので、俺はなんだか照れくさくなった。
無事に合流できた俺たちは彼女が予約したというカフェへと向かう。
そこのカフェは完全個室制のちょっと変わったカフェだった。
「完全個室のカフェってなんだか密室みたいでドキドキするね」
話題を必死に作ろうと俺がそんなことを言うと、彼女は顔を赤くしてそうですねと答えた。俺、話題振るの下手すぎるっ!
「ウィナーさんは一応顔出しされている方ですし、チャンネル登録してる人が私と逢っているところを目撃して話題になったらウィナーさんの迷惑になっちゃいますから、個室にしたんですよ」
彼女なりの配慮に俺の中の全米が泣いていた。ありがとう、マジでありがとうかれんちゃん!
頼んでいた飲み物が俺たちのもとへ届いて、乾杯をする。
「いやぁ、本当に俺の相談とか聞いてもらっちゃって大丈夫なの?」
「いいんですよー。大好きなウィナーさんのことですもん。それに……」
「私、ウィナーさんの悩み既に知っていますから」
彼女の言葉にえっ?と動揺する俺。
「知ってるって、何を?」
「体全身が痛むんですよね? しかも、その痛みが全く持って原因不明とか」
彼女は俺の体の痛みのことを知っていたのだ。
SNSには痛みのことは全く書いてない。視聴者に心配させないためにあえて書かなかった。
「なんで、それを……」
俺はゾッと寒気が走って、顔から冷や汗が噴出す。
「最初に私がDMしたの覚えてます? その時に共有の承認をお願いしましたよね?」
あぁ、確かに承認のお願いをされてちゃんと共有の承認ボタンを押した。
「最初何の共有かと聞かれたときに私はぐらかしちゃいましたけど、アレって……」
「私の痛覚とウィナーさんに共有させるものだったんですよ」
彼女はそう言ってニッコリと笑う。痛覚、痛みと共有だって? そんなこと出来る訳ないじゃないか。
「それが出来ちゃうんですよねー。シェアアプリのパーソナルシェアなら」
俺の考えを見透かすように、彼女が言ってきた。
「私、痛みを感じることが出来ないっていう障がいがあるんです。そのことについてずっと悩んできました。でも、ウィナーさんの動画を見て元気が出たのと同時にこうも思ったんですよ。この人なら、私の痛みも共有して感じてくれるハズだって」
彼女が嬉しそうに言いながら小さいカバンから取り出したのは刃渡り10センチの折りたたみのナイフだった。それを組み立てて刃を出し、彼女は服の袖を上げる。
彼女の腕は既に包帯だらけで、その包帯をとると、あちこちに無数の傷があった。
「こうすると、ウィナーさんに痛覚が伝わるんですよ」
彼女が自らの腕にナイフを軽く突き刺すと、血があふれるのと同時に俺には彼女が指した腕の箇所と同じ部分がズキッと痛み出した。
「痛ッ……」
「ね、痛くなったでしょ? 今、私はとっても嬉しいんですよ。私の替わりにウィナーさんが痛みを背負ってくれてる。私のために痛がってくれてる! 人生がとても楽しいんです」
彼女は屈託の無い笑みを見せてくれている。だけれども、俺にはその笑顔が狂気にしか見えなかった。
「つまり、アプリの共有を解けばこの痛みは無くなるんだね?」
「そうですけど、多分ソレは無理だと思いますよ? 共有を完了した途端突然アプリ消えちゃいましたし、検索してもパーソナルシェアなんてアプリ存在しないって出るので、私もその方が都合よかったんですよ」
彼女は持っていたナイフを今度は自らのわき腹に軽く刺す。俺には腹部にとてつもない痛みが走って、思わず屈みこんだ。
「このまま私の替わりに私の痛みを感じて生きてくださいね。ウィナーさん」
そう言って、彼女は個室の中でかわいらしく笑っていた。
みんな、変な共有を迫るURLなんて来たら要注意な。もしかして、それは痛みを共有するやつかもしれねぇから。
Case2 終了。
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