第62話 失われた大地。

 私たちは村を出、一路目的地を目指す。


 街道を外れ霊峰を一望できる丘に馬車をつけ降り立った私は、声を失った。



 霊峰リギ。

 メルドルフの民の信仰の証。

 天を頂く孤高で崇高な姿は、この上なく美しい……はずだった。



 一年前までは。



 今はただその麓にはただ荒涼とした大地が広がるだけだった。

 リギを讃えるかのように豊かな森も、養分に富んだ土もすでになく……。

 カラカラと枯れ草が風に舞いあがるのみだ。




(これが元に戻るのかしら)



 メルドルフにはじめて来た日。

 黒々とした広大な森に圧倒された。


 その大地には草も木もなく、むき出しの表土の上を侘しく風だけが吹きすさむ荒地に変わり果てているではないか。



「戻ります、領主様」



 振り返ると、薄汚れ少しばかりくたびれた学者然とした男性が立っていた。



「お初にお目にかかります。調査団の団長を務めておりますファルツと申します」


「本当に戻るの?」



 いぶかしげな私の眼前に、ファルツは「ごらんください。領主様」と穢土で採取したという植物の若芽を差し出した。



「どこにでもある雑草ですが、このような土地でありながらも芽吹いておりました。あの災禍からほんの数ヶ月足らずしかたっておらぬというのに、です」



 土地は痩せ、植物など根付かないと思っていたが……。



(生命は強いのね)



 災禍は全てを奪った。

 けれど生命を奪うことはできなかったのだ。

 生きているのだ。



「必ず戻ります」



 ファルツは確信を持って言う。



「何十年、何百年の単位はかかりますが、いつか元の姿を取り戻すでしょう。ただし、早急に手を打たねばその限りではございません」


「領の恵はメルドルフの、いいえ将来のメルドルフの民の財産でもあるわ。絶対に砂漠にしてはならない。費用はいくらかかってもいいからお願いね」


「承りました。それと領主様。もう一つご報告がございます」



 ファルツは調査団の隊員に一抱えもある木箱を持って来させる。

 うやうやしく木蓋を開けると、光を受けキラキラと翠に輝く輝石を含んだ岩石がいくつか入っていた。



「エメラルドの原石です。霊峰の中腹、例の亀裂のあった辺りから見つかりました。霊峰に鉱脈があるのかもしれません」


「霊峰に? それは素晴らしいわ」



 エメラルドは貴族や富裕層に人気のある宝石だ。

 鉱脈が見つかれば、メルドルフの経済はかなり改善されるだろう。

 エメラルドそのものもそうだが、産出するためには人手がいる。


 災禍によって土地と職を失った領民にうってつけではないか。

 災禍復興の起爆剤になることは間違いない。



「驚くことにエメラルドだけではありません。災禍の影響で干上がった川底からは翡翠ひすいも見られました。霊峰は宝石の宝庫のようです」


「霊峰は信仰の象徴。長く人の立ち入りを制限してきたというわ。地元の民が生活の糧をに入るくらいだったから、発見されなかったのね。幸運だわ」



 災禍は悲しみを生み出し奪いとった。

 だがメルドルフの大地は傷ついたメルドルフの民を見捨てはしなかった。

 民を領を潤してくれる。

 恵みに感謝だ。



「内密に調査してちょうだいね。決して部外者に知られてはならないわ。領兵をおくって警備にあたらせましょう」



 メルドルフが治安がよくなったとはいえ、各地から流れてきた者やヤクザ者はそれなりにいる。彼らに目をつけられでもしたら、食い物にされてしまうだろう。

 メルドルフの恵みはメルドルフの民のために使われるべきなのだ。


 私はイザークに目配せをする。



「畏まりました。直ちに手配いたします」とイザークは自らの副官に指示した。



 よかった。

 なんの産業もないメルドルフであったが、未来への光が見えてきた。


 とても小さな繊細な光であるけれど。

 暗闇の中であっては貴重だ。



「領主様。百聞は一見にしかずと申します。亀裂の跡地を視察なさいますか?」



 ここまで来たのだ。

 希望の地を見ておきたい。



「ええ、行ってみたいわ」


「コニー様、そこは……。よろしいのですか?」



 イザークは渋い顔だ。


 亀裂こそ、因縁の場。

 雪崩に巻き込まれ生死を彷徨うことになった場所だ。


 怖くないかといわれれば怖い。

 でも行かねばならない気がしていた。



「エメラルドの件を確認したいだけよ。大丈夫。決して無茶はしないわ」



 イザークと護衛を諭し、私は亀裂の跡地に向った。

 そこで存在するはずもない人が居るとは知らずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る