第58話 わたし究乃カナ1月26日
わたし究乃カナ、究極の存在よ。神殿に住んで神様やってるの。よろしくね。
14歳だから中学校に通わなくちゃ。でも朝は苦手なの、みんなには秘密にしてね。朝はコップにすこしのエビアンと、クノールカップスープ、それに納豆ご飯ではじめることにしているよ。
納豆ご飯はオシャレじゃないって? わたしもそこは気にしてる。14歳のオシャレな女子には似合わないもんねっ。いつか改善したい。
なにを食べたらいいと思う? パンケーキ? それともシリアル? シリアルキラー? なにそれ、聞いたことない。
なんでこんな話しているのかって? 文字数稼ぎ? ううん、ちがうの。本当のわたしをみんなに知ってもらうため。だって、勘違いされていそうなんだもん。
たとえば、中学校にお友達はすくないけれど、ゼロではないんだよ? ほら、いた。もう学校にきているなんて早い。ううん、ごめんなさい嘘ついちゃった。わたし寝坊したからもう2時間目なんだ。わたしが登校するの一番最後。てへぺろ。
「ホシノユカイちゃーん。今日の運勢占ってぇー」
「うん、いいよ。タロットで占ってあげる」
ぴろりん。支払はペイペイ。キャッシュレスの時代の最先端を行っているでしょ? スマホはギャラクシー。ピクセルはお手頃価格なのがなかったから。
「はい、出ました」
「うんうん、それで?」
「あなたを殺したドッペルゲンガーがあらわれるでしょう」
「なにそのピンポイント占い。というか、それもう現実だからっ。ホシノユカイちゃんリアルタイム読んでるでしょう」
「バレた?」
「やだなあ、もう」
ね? 仲良しでしょ?
事件の解説はどうなった? そんなこまかいこと気になっちゃう? 犯人がわかったからもうよくない? 究乃カナの日常の方が興味あるでしょ? そっかぁ、残念だなあ。リアルタイム見てみよっか。
「なぜ野々ちえさんと九乃さんがドッペルゲンガーで、カズキ殺しやミカンちゃん誘拐、それに九乃さん殺害の犯人だなんてことまでわかるんですか」
「わたしが名探偵だからです。論理的帰結です」
なるほど、理解した。
「まず、ふたりがドッペルゲンガーではないかという疑いが、名前から浮かび上がりましたね。
では、カズキ殺しはどうやって行ったのでしょう。九乃さんのアカウントに入らないと、あの密室を用意することはできません。九乃さんのパソコンのディスプレイに『お望み通り殺してやった。犯人捜しを楽しむがよい』なんてメッセージを表示させることだってできません。あれはカクヨムの編集画面に表示されたものだと思われます。
さらに、ミカンちゃんはいつ犯人に眠らされたのかもわからなかった。九乃さんと食事しているときにでも睡眠薬を入れられたと考えれば筋が通ります。九乃さんが睡眠薬で眠らせてミカンちゃんを誘拐しておきながら助けにくるというのはおかしいため、まさか九乃さんが犯人だとは思わなかった。それで、犯人がわからなかったと考えるのです。
ということは、犯人は九乃さんしかいない状況です。それなのに九乃さんは殺されてしまった。ここで新しい見方が必要になる。九乃さんになれる、九乃さんでない誰かが仕組んだことなのではないか、ってね。
そんな人物はいるのかって考えます。いないと事件が解決できなくて困ってしまうけれど、他人になれる人間なんているわけがない。そう思っていると、ドッペルゲンガー説が現実味を帯びて浮かんでくるわけです」
坂井令和(れいな)さんは野々ちえさんに視線を移した。
「ドッペルゲンガーは量子力学みたいな存在です。重ね合わせの状態です。九乃さんの状態と野々ちえさんの状態が重ね合されています。九乃さんの状態のときにカズキやミカンちゃんに接触すれば、九乃さんと見分けがつかないから九乃さんだと思ってしまう。それで、カズキを密室に誘いこんだり、ミカンちゃんに睡眠薬を飲ませたりできたのです。
岬で九乃さんと格闘になったときも、姿は九乃さんだったのでしょう、顔が影になるようにポジション取りすることに気を取られてロクに戦えなかった、結局崖から蹴り落とされてしまった。ナイフをもっているのに弱すぎだったのは、そんな事情があったからです。ふう」
坂井令和(れいな)さんは疲れを見せた。名探偵もさすがにシャベり疲れたみたい。このあと残業だというのに、大丈夫だろうか。
「はい、坂井令和(れいな)さんにはこれっ」
エナドリである。ミカン、よくできた子だ。体に鞭打って寿命を縮めてガンバってもらうしかない。
野々ちえさんの顔がぼやけてきて別人に、なんてことはなかった。九乃カナが死んでドッペルゲンガー状態が解消されたため、野々ちえさんは野々ちえさんで固定されているのだっ。
「いくら姿が九乃さんでも、九乃さんらしく振舞わなければ不審を抱かれてしまいます。ここで、野々ちえさんが野々ちえさんである必要が出てきます。演劇経験者だってことです。恋人や妹に不審に思われることなく、九乃さんを演じ、カズキを殺したりミカンちゃんに睡眠薬を飲ませたりできました」
すごい、野々ちえさん。高貴なふるまいの九乃カナを演じられるとは。言ったもの勝ちでしょ?
「なんとも巧妙な出まかせを思いついたものです」
我ながら感心してしまいます。
「でも、アカウントにログインするにはパスワードとか必要なんじゃ。姿形は関係ありませんよね」
「よい指摘です。九乃さんからパスワードを聞き出すのは簡単です。ノートパソコンをもって出かけて、カクヨムにログインすることがありました。九乃さんはひとり言が多いのです」
「たしかに、パソコンに向かっていつもぶつぶつ言っていました、お姉ちゃん。ふだんからひとり言とか歌ったりとかしていましたしね」
「外でカクヨムにログインするときに、ついパスワードを言いながら入力していたのです。そばで聞いていれば簡単にパスワードがわかってしまいます」
「アホだったんですね、九乃さん」
「みんな知ってたでしょ?」
そこ、みんなしてうなづかない! たしかに頭の中でしゃべっていること、いつだって口に出してしまうけれども。
「まだわからないことがあります」
いいね、どんどん質問して解説編を長引かせてっ。文字数はいくらでも使っていいから。
「なぜ、カズキを殺したり、ミカンちゃんを誘拐したりなんてことをしたのですか。はじめから九乃さんが狙いだったんですよね」
「九乃さんのことを思い出してください。出不精でパソコンの前にすわっているのが一番快適、一日中アーロンチェアにすわってパソコンでポチポチしていたいという人間でした。
出かけると言ったら、スーパーに行くくらいです。ごくたまに喫茶店に行くことがあったみたいですけど。コーヒーは自分で淹れたのが一番おいしいと豪語していましたからね、ごくたまにです。スーパーや喫茶店で殺したら目立ちすぎます。九乃さんを殺すチャンスがなかったのですね」
たしかにー。
「ドアのカギはピッキング防止のシリンダーに替えてあるし、窓ガラスは割れないようにフィルムが貼られ、窓枠はストッパーががっちり固めています。セキュリティがやたらと高いのです。盗まれるようなものなんてなにもないのに。一番高価なものが九乃さんで、九乃さんを守るためだけにこんなに堅い守りだったのですね。
九乃さんを殺そうと思ったら外に誘いださないといけなかった。そういうことです」
「なるほど、ああいえばこういうで、うまく答えますね」
「名探偵なんで!」
坂井令和(れいな)さんは髪をファサッと後ろに払った。
「カズキ殺しのときは、せっかく罠を仕掛けたのに、あろうことか九乃さんは読者を引っぱりこんで現場にきてしまいました。ひどい反則技。でも、おかげで殺されずに済んだ。
つぎにミカンちゃんの事件を仕組んだけれど、返討ちにあってしまった。3度目の正直で、九乃さんがひとりになったところを狙うことができました。
橙 suzukake さんの小屋にひとりで乗り込んだ回をリアルタイムで読んで、またひとりで行動するだろうと予想できました。それで野々ちえさんはお城に潜んでいたのです」
「坂井令和(れいな)さんが名探偵なのは知っていたけど、九乃さんが行き当たりばったりで書いたはずの小説がこんな風に解き明かせるように書かれていたとは驚きです」
自分でも驚いちゃう。なんとかなるものですな。
「さあ、解説は終わりました。野々ちえさん、間違っているところはありましたか」
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