第52話 眠気に襲われ1月20日

 美しい朝がきた。空は晴れ、朝日はみずみずしい。建物は黒い雨のせいで黒ずんでいるけれど。ナイス・コントラスト。


 広間での朝食にはベーグルサンドが供された。九乃カナはハムチーズのベーグルサンドを口に運んだ。もにゅっとベーグル、シャキッとレタス、チーズとハムの塩気と酸味、旨味。よいバランスである。豆のスープでもほしいところだけれど、牛乳かオレンジジュースだって。あの料理人、どこか抜けている。手を抜いているだけか。

 双子の主人は自分たちの部屋で食事をする。料理は部屋までメイドが運ぶ。仕事がなかったらリストラの心配があるから、メイドのためにもよいのかもしれない。


 これからどうしようか。小説の先のこともあるけれど、捜査の方だ。昨日はハサミで刺されそうになりながら橙 suzukake さんを追い込んだけれど、密室トリックを暴くところまではいかなかった。作者が考えていないのだから仕方ない。

 容疑者としては無月弟さんと橙 suzukake さんがいる。メイドは大福をくれたから無罪が確定した。大福をくれる人間に悪いやつはいない。執事は先にハイデの部屋の前にきていて斧でドアを壊そうとしていたから、ほぼアリバイあり。運転手は通いで夜は城にいないし。あとは小間使いの子供か。Yの殺人である。

 小間使いのコマちゃんが控えめにドアを叩く。ハイデが顔を出し、どうしたの? こんな時間に。

「ボク、寂しくなっちゃって」

「OK、カムイン。お姉さんがなぐさめてあげる」

 まんまとハイデの部屋へ入り込み。

 いや、そうすると悲鳴が2回というのが説明できない。カーテンプレイなんてマニアックなことを少年が思いつくというのも不自然だ。童貞くんはもっと王道のプレイから入門することだろう。童貞くんかどうか知らないけれど。

 そうか、ハイデの方か。ハイデが自分からカーテンプレイ。あり得る。いや、ヨーロッパ人にカーテンプレイは高度すぎる。ないな。

 となると、小間使いのコマちゃんはシロ。


 双子の主人はどうだろう。双子が隠し通路のトリックを使うのはむづかしいのだった。動きがシンクロして通路にはいるときつかえちゃうからね。

 ということはやっぱり無月弟さんと橙 suzukake が残る。よかった、ふたりを容疑者として残しておいて。さあ、どっちが犯人だ! 謎を暴いてやるぞ!

「九乃さん」

「はばぶふぅっ」

 げほっげほっ。

「食べながら寝たら危ないと言おうとしたんですけど、もう寝ていましたか」

「そんなわけないでしょ。失礼しちゃう」

「でも、口から食べている途中のものがでろーんと垂れていましたよ」

 どうりで口のまわりがべちょべちょなわけね。袖で拭いた。

 げほげほと吐き出したのは咀嚼途中のベーグルだった。今は皿の上にもどって虹色に輝いている。

「今ダイエット中ですの。味わったら吐き出すというダイエット法ですのよ?」

「そうですか」

 嘘だと確信している顔をしている。バレバレの嘘だから仕方ない。今朝は朝から起きてしまったから眠気が襲ってきていたらしい。どこから眠っていたのかわからない。

 オレンジジュースをひと口。と思ったら、味しない。うん、白いオレンジジュースなんてないから、これは牛乳ね。寝ぼけてオレンジジュースのつもりで牛乳を頼んだみたい。

 嫌んなっちゃう。使えないメイドね。表面的な言葉につられてしまうとは。真の望みをくみ取ってオレンジジュースをもってくるところでしょ。それがメイドってものでしょ。悪い子ではないのだけれど、大福くれたし、ちょっと抜けたところがある。料理人と同じね。

 料理人と同じ?

 わかってしまった。料理人はメイドに惚れている。メイドからハイデに乗り換えようとしていた橙 suzukake さんを憎んでいる。今、橙 suzukake さんは地下倉庫のワイン蔵で拘束されている。となると、橙 suzukake さんが危ない! 料理人に料理されてしまう。

 九乃カナは駆け出した。廊下は走っちゃいけません。でも、学級委員長は走ってルール違反を取り締まっていいの! と意味のないことを頭の中で叫んで走った。

 手すりを使って階段の踊り場を全速で折り返し、階段を降り切って地下倉庫をワイン蔵に向けて駆けた。

 ドンとドアを体当たりしながら開けた。

「早まってはダメ!」

 料理人がナイフを手にしてしゃがみ込んでいた。間に合わなかった?

「ビックリするじゃないですか。どうしたんですか」

「豆のスープはどうしたの」

「なんのことです?」

「間違いよ」

 ホント、どうしてここで豆のスープが出てきたんだろ。

「殺してはダメ。そんなことに意味はないんだから」

「なんの話です?」

「とぼけても無駄よ」

「口調もおかしくなっていますよ。九乃さんは女言葉を使いませんよね」

「別の小説でわざと使ったら抜けなくなってしまったみたい。って、話をそらさないで」

「どうしたんですか、落ち着いてください」

「落ち着いているし、落ち着きまくっているし、落ち着くことナマケモノのごとし! さあ、ナイフを床に置いて」

「汚れた床になんて置けません」

「そう、いい度胸ね。かかってきなさい」

「ちょっと待ってください、なぜバトルに?」

「ナイフでわたくしと戦おうっていうんでしょ?」

「戦いませんよ。ハムを切るためにもってきただけです」

「なんのこっちゃ。こっちからいくよっ」

 せいやっ。

 ばきっ。

 ナイフをもった腕に中段蹴りが入った。料理人は吹き飛んだ。

「橙 suzukake さん、大丈夫? しっかりして」

 頬を叩く。

「ぶへっ、だばびぃびょーぶ」

 いっぱい叩きすぎたみたい。でも、意識がもどってよかった。死んでなくてよかった。容疑者死亡で送検なんて探偵の負けでしかない。


 料理人はいらんこだわりをもっていて、焼きたてのベーグルに切りたてのハムのスライス、チーズをはさまないと気が済まないタチらしい。それで、橙 suzukake さんに食べさせようと、ハムとチーズを切るためのナイフをもってきていたのだ。まぎらわしいったらない。

「わたくしはてっきり、メイドを傷つけた橙 suzukake さんを料理人さんが殺そうとしているのだとばかり思ってしまいましたよ」

 いやー、ダマされたダマされた。

 橙 suzukake さんは縛られたまま、料理人にベーグルサンドを食べさせてもらっていた。

「えっ、メイドさんと庭師さんが?」

 橙 suzukake さんがこちらにウィンクしている。わかっている。

「いや、勘違いというか、わたくしの妄想だったのね。すまなかったわぁ」

 武士の情けというか、推定無罪というか。

「えっと、料理人さんはメイドさんのこと」

「僕は男の子が好きなんで」

「有罪!」

 九乃カナは料理人さんを縛り上げた。橙 suzukake さんと並んでマグロにした。

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