第6話 アナタに会った12月6日
1日経って、九乃カナは落ち着きを取り戻した。胸のあたりの空虚感は去らないけれど、頭の中はクリアになった。クリアになりすぎてなにも思い浮かばない。
昼頃になってポチポチとパソコンに向かって入力をはじめ、ツイッターをチェックし返信した。ブログも更新した。あちこち文書の修正をしたりしてすごした。考えなくてもできる作業だ。
作業に疲れたころ。目の前に九乃カナがあらわれた。まじまじと顔を見つめ合う。でもおかしい。九乃カナにちがいないが、鏡に映った顔とはすこしちがう。ヘンな感じ、気持ち悪い。
鏡がないのに自分の顔を見たらおかしな話だし。
「えっと、誰?」
「
「えっとぉ? わたくしが七乃ナナっておかしいのでは? 九乃カナではなくて?」
「なさけない。推移律を忘れたの?」
「いや、そういう話なら同値関係を定義してもらわないと」
「うん、メンドくせえ。さすが
九乃カナの空っぽだった頭の中でコロンと数学脳がころがった。
「わたくしが理解したいのは、あなたがわたくしであって、しかも名前は七乃ナナだということだね」
「ひとは理解したいようにものごとを理解するものさ」
かっこつけて言っている。
鏡に映った顔とちがうのは当たり前だった。気持ち悪いのだって、鏡映しではない自分の顔が目の前にやってくることなど人生に一度もなかったのだから、正常な反応だろう。
なぜ目の前に自分と同じ顔の人間がいるのか。勝手にクローン人間を作られていたのか。年齢的にはちがいがなさそう。行き別れた双子の片割れとか。
「なにを考えているのだか。クローンだって、双子だって、別の人間であって、
ではどういうことだろう。同じ人物だから考えがそのまま七乃ナナの考えになっているというのか。同じ人物が同時に存在するというのはおかしい。すこし未来からやってきたのか?
「タイムマシンができたら面白いけれど、そんなのは物語の中だけの話だ」
「あっ」
「なんだい? なにか思いついたみたいだけれど」
「わたくしへの挑戦状は七乃ナナ、あなたが入力したのにちがいない」
「おもしろい推理だ。となると?」
「カズキを殺したのも七乃ナナ、カズキの死体を下書きに放置し、またどこかへ隠したのも七乃ナナ、なんもネタが思いつかないのも七乃ナナの仕業だったとは」
「それはちがうだろ、ドサクサにまぎれて人のせいにするな」
「人のせいではない、自分のせいなんでしょ。あなたはわたくしなのだから」
「全部ちがうけれどね」
「ということは、七乃ナナもアホ小説を書いているってことか」
「それもちがう。書いているのはエロ小説だ」
「なんてこと。わたくしは清純派で通っているのだから、エロ小説を書いている七乃ナナとはまったく違う存在と言わねばなりますまい」
「なんだ急にその口調は。しかも清純派ではないだろ、アホ小説書いているんだし」
「アホだけれど心は清純ってことだってあるじゃない」
「それはただのアホと言う」
「もう、なんなの。自分はわたくしだと言ったり、わたくしの言うことなんでも否定したり、わけわかんない」
七乃ナナは無表情で見つめてくる。ムカつく顔だ。いや、美しい顔だった。
美しいのはわたくしひとりで十分、名探偵ではない九乃カナは暴力的解決に打って出た。
「うおりゃ!」
体を斜め前に傾け右ストレート。拳はディスプレイど真ん中を殴りつけ、ディスプレイは壁で跳ね返って九乃カナの方へ倒れ掛かってきた。勢いをつけすぎた九乃カナはろっ骨をデスクの天板に打ちつけ、同じところをディスプレイの上部に激突された。痛てえ。
七乃ナナめ、どこ行きやがった。エロ小説なんて書いちゃって、ちょっと読みに行ってみようか。いやいや、興味なんてないけれどね。
冷静になって考えると、きっと七乃ナナはカクヨムとは別の世界に生きているのだ。どうやってこちらへやってきたかわからないけれど、見つけようと思えば異世界へ出張しなければならないだろう。そんなメンドウなことはやっていられない。
それに、なんやかや今日もリアルタイム小説が書けたではないか。それで納得することにしよう。投稿して皿を洗いに行かないと。
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