第4話 化粧と友人


 新品の服に身を包む。これでおしゃれは、合格点のような気がした。

 今の見た目なら、いつ彼と再会しても大丈夫だ。すれ違う自分を見て、メロメロになってくれるだろう。


 しかし……だ。


「何かが……足りない」



 その日、シャノンは鏡に映る自分を見て、なんだか物足りなさを感じていた。

 下は、足首まで隠れるブラウンのロングスカート。

 白いシャツを着て、その上から茶色のベスト。さらに、ベージュのカーディガンといった、大人しめで秋にぴったりのコーデだ。


 品があって、重すぎもせず。


 完璧だ……。


 しかし、シャノンは何かに引っかかっていた。


「何が……足りないのだろう」


 服、よし。


 髪は……。


「髪でしょうか……?」


 とりあえず、背中まである髪を編み込んで、クロスさせ、おしゃれな感じにやってみる。


「……う。もっと、何かが物足りなくなった気がする……」


 髪も、とりあえず、よし。

 ……しかし、まだ何かが足りていない。


「……ん?」


 その時、宿の一階から、怒鳴り声が聞こえてきた。



『あんた、またお母さんの化粧道具、勝手に使ったでしょ!?』


『いいじゃん! だって、私も化粧したいんだもん!』


(宿のおばさまと娘さんの声です……)


 これは、泊まっている宿の店主とその娘さんの声。

 この宿に泊まってから数日は経っているが、結構、この二人は親子喧嘩をしていたりする。

 仲が悪いというわけではないのだが、年頃の娘を持つ親と、年頃の娘。やはり色々あるのだろう。


『化粧? あんたが化粧? はっ。笑わせてくれる!』


『な、なんだとぉ!? このやろう!?』


『あんたはまだ、14よ! 子供が色気付かなくていいの!』


『ああ””〜! グレるぞ〜! デリケートな娘を抑圧するとグレるぞ〜! まあ、お母さんはもうすっかりオバさんだから、若い私が羨ましいんでしょぉ? ヤダヤダ』


『なんですってぇ!?』


 ぐ〜! が〜! とそれからと親子喧嘩は続く。


「色々と、デリケートです……」


 シャノンは苦笑いをした。

 自分にも覚えがある。だからここは、宿屋の娘さんの気持ちがシャノンには痛いほどよく分かった。


「あ……っ。お化粧……」


 そこで、閃いた。


 自分に足りなかったもの、それは化粧だ。


「格好と肌が合ってない……。ケアも全然だめだ……」


 やるべきことが見えた気がした。



 * * * * * * * * *



 マスクをして、ローブのフードを目深かに被り、街の中を一人で歩く。

 パンツスタイルのすらっとした女性とすれ違った。

 その瞬間、シャノンは思わず振り返っていた。


(綺麗な人でした……。お肌が輝いている……)


 さっきの女性だけではない。

 無遠慮だと心の中で謝りながら、周囲の女性の顔を見てみると、皆、キラキラと輝いた顔をしている。

 目元も、唇も、キラキラしており、眩しい。自分の顔に触れてみると、のっぺりとした顔になっている気がした。


 シャノンに足りなかったもの。それは化粧だった。


「化粧は……したことがありません」



 シャノンは、今まですっぴんだった。

 どうせ、聖女として活動するときは、フードを被るのだから至近距離から顔を見られることもない。

 それに、ずっと一人で行動していたから、特に気にしなくてもなんともなかったのだ。


 だから、化粧をする習慣というのが、今までついていなかっため、まずは化粧品を揃えるために、今から買いに行くことにしたのだ。


「やり方も分からないから、雑誌も買って帰らないと……」


 こういう時、友達や親しい者がいれば、やり方を教えてもらえるのだろうが、あいにくシャノンの身近なところにはそんな友人はいない。


 数年ぶりに帰ってきた街。


 故郷で待つ友人がいれば、別のことも何かが変わっていたのかもしれない。


 ……しかし。


「昔から、友達いませんでした……」


 がっくりと、肩を落とすシャノン。


 シャノンはぼっちだった。


 だが、まあ、今更だ。


 気持ちを切り替えて、シャノンは一人、歩みを再開する。


 そんなシャノンに近づく者が、一人いた。


「あ! もしかして、シャノンじゃない!?」


「?」


 不意にかけられた声。


「私よ私! アリスよ!」


「?」


 誰だ……と、思った。


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