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可哀想に、真実がどうであれ、被害者である彼女が不特定の人間に晒され笑いものにされる謂れは無い。当然、自分たちが彼女を笑う権利も無い。いつだって被害者のプライバシーなどあって無いのだ。死人に口無しとは酷過ぎる。
社交辞令に湯呑へ手を伸ばし、目の前に居心地悪く座る母親に視線を送る。
「亡くなった時間は警察の言うように二十時台でしょうから、それより前には家を出てそのまま戻ってこなかったんだと思います。でも、相園さんは弊社以外にはアルバイトをしていないと話してましたから、何か用事があって外に出たと考えているのですが、心当たりはありますか」
途端、さらに顔を沈ませた母親を見て、自分の発言が原因だということを把握しながらも先を促すために手を差し伸べずに返答があるまで無言を貫いた。重苦しい口が紡ぎ出す言葉は、きっとまだ警察にも知らされていないだろう。
「私……正社員で働いてるんです。ですから、残業だってザラにあって、昨日もそうで。だから、その、奈々が中学生に上がる頃には一人で留守番は当たり前になっていて、もちろん家事は私がやってます! たまに食事を作り忘れることがあるくらいで、その時用にあの子にはお小遣いを多めに渡していますから。ただ、それだから、忙しさにかまけて普段奈々が誰と遊んでいたのかはよく分からないんです」
少々散らかりながら説明する姿に、本音と建て前が入れ替わる瞬間を目の当たりにする。「忙しいのだから子どもにまで気が回らないのは仕方がない」と思いながらも、「それでは出来ない親だと思われる。一生懸命やっている良い親でいなければ」と世間には知らせておきたいのだ。気持ちは分からなくはないが、相園が昨日の夜一人で外出したことを責める存在が恒常的にいないことは、はっきりと母親の所為であろうと思った。ただし、それをそのまま目の前の小さな存在に伝える程、底意地悪くは生きていない。
「おかあさん、また人が訪ねてきたりよくない事を言われることもあると思います。こればかりはどうしようもありません。ただ、気をしっかり持たれてください。奈々さんをこれ以上世の中の歪みに巻き込ませないよう、死してなお咎められるのは可哀想ですから」
「……はい」
本当は、相園の部屋にでも入らせてもらって情報を一つでも多く拾っておきたいところだが、さすがに今日これ以上望むことは尚早である。ありきたりな科白を贈って終いにする。結局、世間話に時間を割いてリビングから動かないままに外へ逆戻りした。
分かったことがある。相園を殺すことが出来る人物は「アリバイの無い人物であれば誰でも」ということだ。彼女の交友関係は家族ですら把握していないのだから、誰と会っていてもおかしくない。例えば同じ高校の友人だとしても、見知らぬサラリーマンだとしても。
「もうちょっと絞り込めないと厳しいね」
村木の呟きに岡崎が首を傾げた。
「何でそんなに積極的なんすか? 手っ取り早く解決出来て犯人確保の瞬間を写真に収められれば確かにお手柄で栄転も夢じゃないですけど、それうちらの仕事じゃないっすよ。だから、苦労して証拠を集める程のことなのかな……」
岡崎の言うことはもっともであった。手柄を上げるには難し過ぎる案件であるし、それに手を出すくらい相園と接点があったわけでもない。ただ、なんとなく、このまま引き下がるのが癪な気がした。
「気になるだけさ」
「あまり、深入りしないでくださいよ。この事件、ちょっと気持ち悪い」
「大丈夫、仕事の合間にやるだけだから」
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