4-7 些細な仕返し
「最終回は、俺が主導でやってみたいんです」
今までずっと、透利は振り回されてばかりだった。少しずつ慣れてきたとは言え、周りに合わせて行動をするだけ。自分から何かを発信することはなかったような気がする。
せっかく楽しいという気持ちが芽生えたのだ。このまま受け身の状態では、もったいない気がした。
「ミズキは四話の最後に、博士のことを救いたいと言いました。つまり、博士を説得するのが最終回の流れになると思うんですよ」
「まぁ、そういう展開になるだろうな。ついでに俺とキノカは、元々敵キャラだった何か……つまりはモブってことだな」
「え」
「いや何を驚いてんだよ。残る問題は博士の負の感情だけだ。それをお前主導でどうにかするってことだろ? それとも、最終回だってのにまだかき回して欲しいのか?」
訊ねながら、紅也は挑戦的な笑みを浮かべる。
透利は慌てて首を横に振った。
「だろ? 会場まで用意したんだ。次以外に最終回のタイミングなんてねぇよ」
「確かに……そうですよね」
「で、どうなんだ。初心者のお前にできそうなのか?」
まっすぐ伸びた琥珀色の視線は、どこか挑発的に見えた。
今まで逃げ続けてきたお前にできるのか。まるでそう言いたいように聞こえる。実際、同じような気持ちは込められているのだろう。
だから、透利は笑ってみせた。
「紅也の言う通り、俺はまだ初心者です。でも、やってやりますよ」
「ふっ、そうかよ。……でもまぁ、すでに初心者らしい失敗はやらかしてるんだけどな」
「え、失敗ですか」
「お前、三話の途中でスカーレットと出会った時、『こいつはいけない』って言って逃げただろ。なのに四話では初対面みたいな態度だった。つまりはまぁ、少しは俺に気が付く描写が必要だったってことだな」
言ってから、紅也は得意げに口の端をつり上げてみせる。
まるで先輩面だな、と透利は思った。実際問題先輩だし、指摘されたことはぐうの音も出ないほどに正しい。楽しそうに指摘する紅也の姿を見ていると、本当に紅也は即興シネマパークが好きなのだと感じた。
(紅也は、いつから即興シネマパークを始めたんでしょうか……)
ふと、透利の頭の中に素朴な疑問が浮かぶ。
でも、浮かんだだけで声には出さなかった。紅也との間には空白の数年間があるのだ。そりゃあ知らないことも多いし、同時に知りたいことも多い。
しかし、今はもう充分だとも思うのだ。仲良くなりたいという気持ちが少しでもあるのなら、それはこの物語が終わってからで良い。主人公だと自覚した透利にはもう、時間がないのだ。明日に備えて、そろそろ動き出す必要がある。
「凄いですよ、紅也は」
「…………そんなん、初めて言われたけどな」
思い切り目を逸らしながら呟く紅也に、透利はそっと手を伸ばした。「何のつもりだ」とでも言いたげな視線を無視して、透利は紅也の手を握り締める。
「俺だって負けたくないです。明日、絶対に紅也を驚かせますから、覚悟していてください」
紅也の瞳が大きく見開かれた――と思ったら、何故か眉間にしわを寄せる。
当然の反応だろう、と透利は心の中で思った。
紅也の真似をして、「ふっ」と鼻で笑いたいくらいだ。でも、そんなのは自分らしくないと思った。だって自分は、中学時代の出来事をきっかけに心を閉ざして、敬語なのが当たり前になってしまったのだから。
今更、無理に直す気なんてない。
だけど、少しくらいは抗いたい気持ちもあるのだ。
「ざまあみろ、です」
多分きっと、初めて口にするであろうセリフを言い放ちながら、透利は優しく微笑む。
「……いてぇよ」
さっきからずっと、透利は自分の手にありったけの力を込めていた。この握手は、決して「これからもよろしく」という意味だけが込められている訳ではない。
「これはあの頃の仕返しです。少しくらいは何かしないと、後悔しそうですから」
言いながら、透利は微笑み続ける。
心の中に残っていた何かがすっと抜け落ちたような気分だった。自分は体力がある方ではないし、きっと握力もそんなにないだろう。それでも紅也は不快そうに顔を歪めたのだ。やってやった、という気持ちが身体中を駆け巡る。
「変なやつだな、お前は……。こんなんで満足なのかよ」
「悪いですか?」
「知らねぇよ。……まぁ、お前が良いなら良いんじゃねぇか」
紅也は完全に呆れている様子だ。
すっかり見慣れた三白眼は、むしろ弱々しく感じられる。自分の気持ち一つで、こんなにも世界は変わるものなんだな、と思った。
「なぁ」
「何ですか」
「この物語が終わったら、また相手してやるよ。……はっきりと言える訳じゃねぇが、前向きになったお前は手強そうだからな。俺だって負けられねぇんだよ」
「……そうですか」
何故だろう。
紅也を見ていると、へらへらとした笑いが止まらない。
何てったって、あの紅也と打ち解けられたのだ。ほっとするし、嬉しいし、嬉しいと感じられている自分に対しても心が温かくなる。透利はもう、トラウマと向き合って、好きだと感じる世界も見つけた。
残るは明日、自分の中の精一杯を出すだけだ。物語の主人公だと思うとプレッシャーはあるはずなのに、楽しい気持ちが勝っている。
楽しんでしまえば良い。そう言い切れてしまう自分がいるのだと、透利はじわじわと実感するのであった。
***
――さて、どうしたものか。
自宅に帰り、自分の部屋に入った途端、透利の表情は険しくなる。
何の案もない癖に、自分はよく「絶対に紅也を驚かせますから、覚悟していてください」なんて言ったものだ。
心を閉ざした博士の心を救う。
それが最終回でミズキがやるべきことだ。アンドロイドだからって、容姿が変わらないからって、そんなの関係ないのだと。ただ説得するだけでは動かないであろう博士の心を、ミズキの手で動かさなくてはいけない。
「そういえば、ミズキの両親は人間だったんでしょうか。それとも、アンドロイド……? ひまわりは、どういうきっかけで家族になってくれたんでしょう」
透利はふと思い立ち、疑問を口にする。
ミズキには元々両親がいて、亡くしてしまってからひまわりが家族になった――と、一話の時にひまわりが言っていたような記憶がある。
その辺のすり合わせはちゃんとしていないはずだ。
多分きっと、博士を説得するにはひまわりとの絆が鍵になってくることだろう。妹とは言え、ひまわりもヒロインという名のもう一人の主人公だ。ここは一つ、日夏とも相談をしておくべきだろうと思った。
「紅也と打ち解けられたっていう話も、ちゃんとしなきゃですし、ね」
何となく言い訳めいた言葉を呟きながら、透利は携帯電話を取り出す。
ふと、「そういえばガラケーでしたね」と透利は思った。好んでガラケーを使う人ももちろんいるが、自分の場合はただの「新しいものに手を出したくない病」だ。そろそろ卒業する日が来るのかも知れない。そうすれば、日夏とだってSNSで気軽に連絡が取れるようになるのだから。
「……って、何を考えているんですか……」
自分自身に突っ込みを入れながらも、何故か自分の顔が熱くなるのを感じた。
理由は多分、あれだろう。――日夏のことが好きなのだと、紅也との会話の中で気付いてしまったから、なのかも知れない。
「と、とにかく電話を……っ」
今はそれどころではないと自分に言い聞かせていると、唐突にガラケーが震え始める。そういえばマナーモードにしたままにしていたのだった。
と、そんなことはどうでも良くて。
首を捻りながらも、透利は恐る恐る電話に出る。
「…………え…………?」
――それは、透利の想像を遥かに超える、思いもよらぬ人物からの電話だった。
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