第65話 「いや、ここからが始まりだと思うよ」

 神々の軍との戦いはいったん休戦状態となる。

 誓矢せいやたち異能者いのうしゃ軍と、神々率いる神兵しんぺいたちは一定の距離を開けて待機し、その中央に陣が設けられ会談が行われることになった。


「それで、人間界を切り離すというのは、どういうことなんですか?」


 異能者を代表して誓矢が神々に問いかける。

 人間界側からは、誓矢の他、光塚みつづか厳原いずはら絹柳きぬやな森宮もりみや風澄ふずみのチームフェンリルが出席しており、狐神きつねがみのスズネとヤクモも誓矢側に付き添っていた。


『──それは、そのままの意味です。今まで、人間界にんげんかいは我ら神々が住まう神界しんかい天界てんかい魔界まかい──三界さんかい結節点けっせつてんとして存在してきた世界です。それを切り離して完全に独立させると言うことです』


 天照大御神あまてらすおおみかみが落ち着いた口調で説明を続ける。

 ちなみに、天照大御神の後ろには、神界代表のゼウス、魔界の大公たいこうサタン、そして、天界をべるメタトロンが座していた。

 誓矢が戸惑いつつ疑問を投げかける。


「その、三界から人間界が切り離されたら、その人間界自体が崩壊するとか、存続できなくなるとか、そういった罠があったりしませんか?」

『そのような心配は無用です』


 口元を隠して小さく笑う天照大御神。


『確かに不利益として、人間界から神々の奇跡は消えてなくなりますが、そもそも今の人間界は科学の力が発展していて、神々の奇跡など、ほとんどないようなもの。懸念することはないと思えます』


 その女神の言葉に、後ろに座した神々の一人、ゼウスが苛立ちを隠せない様子で口を開いた。


『その条件──正直、人間どもに譲歩しすぎではないのか』

『ゼウス殿、どうか目の前の状況を再度ご覧ください。我々、神々も彼ら異能者たちの前に追い込まれている状況なのです。もちろん、全能たる我々神々にとって承服しがたい現実ではございますが、それだけに直視する必要があるのですよ』


 冷静に指摘する天照大御神の前に、不服そうな表情のまま沈黙するゼウス。残りのメタトロンとサタンも同じような態度で目を閉じた。

 誓矢がもう一度、念を押す。


「人間界が独立することで失うのは、神々の加護。本当にそれだけなんですね」


 それに応えたのは女神ではなく、誓矢の傍らに座していた狐神きつねがみたちだった。


「セイヤはん、そんなに気負うことはあらしません。人間の方々の生活に影響はないと思って間違いあらへん」

「そうだなー、初詣とか祈祷とかで願ったことが叶わなくなるとか、おみくじとかの占いも意味がなくなるけど、そんなの微々たるもんだろ?」


 笑いながら説明するスズネとヤクモに、誓矢も釣られて苦笑する。


「っていうか、お参りとか占いとか効果あったんだ──って、お参り……神社……」


 誓矢はハッとした表情で、立ち上がって狐神たちに正対した。


「それって、もしかして、二人とも……」

「あちゃー、気づいちゃったか」

「ヤクモと違ってセイヤはんは頭の良いお方ですし。このままごまかせるとは思ってませんでしたが……」


 ヤクモとスズネは顔を見合わせてから、同時に誓矢の顔を見上げてくる。


「オレらも神様の端くれだしな、これでお別れってことになるのかな」

「せやな、短い間やったけど、ハチャメチャやれて楽しかったですわ」


 そう言って、それぞれセイヤの手を取るヤクモとスズネ。

 誓矢は言葉を失ってしまう。

 そんな誓矢にヤクモが念を押した。


「勘違いするなよ、オレたちとセイヤの個人的な絆と、人間界全体の存続。どう考えたって比べものにならないんだからな」

「わかってる、うん、わかってる。けど──」


 スズネもそっとセイヤの頬に手を触れた。


「大丈夫や、この先はなくても、今まで一緒に行動してきた想いは心の中に残ってます。それこそがかけがえのない宝やって」


 誓矢はヤクモとスズネをギュッと抱きしめた。

 そして、立ち上がって再び神々と相対する。


「……人間界の切り離しを条件とする停戦を受け入れます。神々のみなさんは、それでよろしいでしょうか」


 その言葉に、天照大御神が後ろの三柱へと視線を向ける。


『ふん、そもそもここまでボロボロになった人間界など、あってもなくても同じようなものだ。惜しくもなんともない』


 ゼウスがそう言ってそっぽを向くと、魔界大公サタンが失望したようなため息をつく。


『神々の遊戯──楽しめると思ったのだが、フェンリルに悉く邪魔されて興が削がれてしまったな』


 そして、大天使メタトロンが締めくくる。


『未練がないと言ったら嘘になるが、他の二界が放棄を支持する以上、自分たちも抗う意味がない。もともと滅ぼすべき世界を切り離すだけでもあるしな』


 天照大御神がポンと手を叩いた。

 会談は終結し、神々との戦争の終結が決定され、同時に神々の遊戯ゲームの終了と、人間界の切り離しの内容を含んだ協定が締結された。

 そして、決定事項は即時に実行に移される。


「これで、終わったのかなー」


 神界から大雪山系に戻ったタイミングで、光塚が大きく伸びをしながら誓矢へと声をかける。


「いや、ここからが始まりだと思うよ」


 そう言って誓矢は笑ってみせた。

 そんな誓矢たちに、ユーリとシーラを先頭に異能者や協力者のみんなが駆け寄ってくる──

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