第62話 「もしもし、氷狩? 俺、俺だよ俺!」

 我慢しきれずにゲートへ向かおうとする誓矢せいやを、ユーリたちが慌てて引き留める。

 その瞬間──誓矢の懐にしまわれていたスマホから軽快な着信音が流れ出してきた。


「え──光塚みつづか、くん?」


 スマホの画面に表示された名前に戸惑いながら、着信マークを押す誓矢。


『あ、もしもし、氷狩ひかり? 俺、俺だよ俺!』

「って、本当に光塚くん!?」

『おうよ! それで、無事に神界しんかい──? っぽいところについたからさ、みんなもやってきて大丈夫だと思うぜ』

「うん、わかった──というか、なんでスマホで?」

『いやー、ダメもとでやってみたら本当につながるんだもんな。神界にも基地局とかあるんかなー』


 スマホで光塚とそんな会話をしている誓矢の脳裏のうりに、すまなそうな声でスズネとヤクモが割り込んできた。


『いや、なんか面白そうなことしはるなーって思ったさかい、様子みてもうた。えろうすんまへん』

『まぁ、なにごとも遊び心が大事っちゅーしな、つーか、マジで面白かったろ?」


 そう言って笑うスズネとヤクモの頭を想像の中で叩く誓矢。ハリセンのような派手な音が鳴り響き、思ったより大げさに痛がる狐神きつねがみたち。


『最近、セイヤはん自身が神々の力に目覚め始めてはる気がします……』

『つうか、精神世界の攻撃とか、マジ神の力じゃねーか』


 そんな狐神たちを放っておいて、誓矢は後ろの仲間たちへと振り返った。

 表情を引き締め、いったん大きく息を吸い込んでから声を張り上げる。


「光塚君が無事に向こうに辿り着いた! 僕たちもこれから後に続くぞ!!」


 誓矢のその声に森宮もりみやが杖を高々と振り上げて、言葉を繋いだ。


「いざ行かん、神々との最終決戦──ラグナロクの地へ!」

「「「うおおおおーーーーーっっ!!」」」


 異能者たちの歓声が大雪山系の山中にこだました。


 ○


「──よっ、オマエらも来たか」


 光のゲートから足を踏み出してきた誓矢に、先に到着していた光塚が「よっ」と手を挙げる。


「うん、光塚君のおかげで踏ん切りがついたかな。スマホでの連絡はさすがに予想外だったけど」


 そう笑う誓矢の背後から厳原いずはら絹柳きぬやなたちに続いて、続々と異能者いのうしゃたちが入ってくる。


「ここが神界……いえ、魔界まかい天界てんかいの可能性があるのかしら」

「僕が前に呼ばれた神界とは似たような雰囲気だけど……」


 森宮の疑問に誓矢が答える。

 たしかに、ここは、以前、天照大御神あまてらすおおみかみに呼ばれて訪れた神界と同じような光景が広がっていたのだ。


「とりあえず、天照大御神に会えれば話はできるかも。スズネとヤクモに道案内してもら──」


 そう狐神に脳内で声をかけようとしたとき、逆に二人の声が頭の中に響き渡った。


「しもた、やられたわ! これは罠や!」

「神様たちはこちらの動きを読んでいたんだ。完全にしてやられた! 最初から、セイヤたちをここにおびき寄せて始末するつもりだったんだ!!」


 スズネとヤクモの警告が終わらないうちに──異能者たちが全員この地に足を踏み入れた瞬間、背後のゲートが音も無く消えてしまう。


「なにが起こってるの!?」


 絹柳が動揺を隠せない誓矢に問いかける。


「……それが、これは神様たちの想定の範囲内、罠だって」

『その通りだ、身の程を弁えぬ愚か者どもよ』


 その場の全員の頭の中に重々しい口調の声が響いたかと思うと、周囲の光の雲がさぁーっと左右に吹き飛んだ。

 そして、そこに現れたのはだった。


「これは──っ!?」


 誓矢は一瞬言葉を失ってしまった。

 正面と左右前方に一軍ずつ、おそらく神界、天界、魔界の神々が率いる神兵の軍団が地平線を埋め尽くすようにうごめいているのだ。

 光塚がやけっぱちといったような口調で仲間たちを煽る。


「とうとう神様の軍隊のおでましかよ、これ以上の見せ場はないってことだな」

「ああ、退路も断たれてしまったしな。ここは戦う一択しかないってことだ」


 厳原が手にした刀を振り下ろす。


「一高校生の私たちが神々と戦うなんて、物語というかマンガやラノベの世界よね。その当事者になれるなんて最高だわ」


 森宮が生き生きとした表情で杖を構えると、苦笑しつつ絹柳と風澄ふずみも戦闘態勢に入る。


「ちょっと冷静になりなさい──って、言いたいところだけど、まさか神様たちと戦うなんて」

「ええ、なんかもう、どうにでもなれってカンジよね」


 この絶体絶命といったこの状況の中、そんな仲間たちに、誓矢は思わず呆れたような声を出してしまう。


「えぇ……」


 だが、他の異能者たちもみんな似たような反応を示し、ここに至って怖じ気づく者は一人もいなかった。

 むしろ、神々の強大な軍勢を前に士気が急激に高まっていくのを誓矢は感じた。


「なんなんだ、この展開……」


 先頭に立つ誓矢は頭を振り、自分自身の迷いを振り落とそうとする。こうなったら、もう全力でぶつかるしかないのか。

 そう迷う誓矢の視線の先に、一人の青年が進み出てきた。

 背中に生えた翼で静かに飛んでくる──おそらく天使。

 その天使が、脳内に響く声で声をかけてくる。


『我が名は天使カマエル──フェンリルよ、一騎打ちで決着を着けようぞ! このに及んでよもや逃げようとはすまいな』

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