第3話
川面に映る灯が美しい窓際の席に上着と荷物を置くと店の奥のサイドボードに置かれたデトックスウォーターのタンクへ向かった。
途中、彩り鮮やかで繊細な小ぶりのスモーブローのスターターが並ぶショーケースに目を奪われたが、まずは空気の乾燥でからからののどを潤すのに、フレッシュな野菜やフルーツが漬けこまれているデトックスウォーターが欲しいと思った。
からだの中からきれいにするというコンセプトが受けたのか、季節のフルーツに野菜、フレッシュな香りのハーブやスパイスなどがブレンドされたビューティードリンクとして、デトックスウォーターは瞬く間に女性に大人気となった。 一方で、ジャーの衛生管理が気になるという声もあがり、定番メニューにするには一般のカフェでは難しそうではあった。 それでも、水の中のカラフルなフルーツや野菜たちは、見ているだけでリラックスできる、
心のエナジードリンクだと思う。 レトロな空間に、スマートな知性の感じられる北欧の食の文化。 古いにしえからの積み重ねと流行を捉える今この時とのコラボレーション。図書館とはどういう場所なのか、改めて考えさせてくれると感心した。
それぞれがよいものであっても、マッチングしだいで台無しなることはよくある。それは人でも、物でも。先鋭的過ぎてもくつろげないし、かといって素材頼みだったら生産地に行って地元で味わうのにはかなわない。
ここは、歴史ある建造物の知の殿堂という場を損なわずに、軽やかにくつろぎの空間をつくりだしている。
「ピーマン入りの水は、おれはパス」
と、唐突に場の空気がさざ波だった。
「ピーマンじゃない、パプリカだよ」
私は答えながら、タンクから二人分のデトックスウォーターを注いだ。
「赤いピーマン、黄色いピーマン」
とりあえず席についたものの、彼はグラスに口をつけずにぶつぶつ言っている。
「試しにひと口飲んでみたら、からだにいいよ」
一人暮らしの学生が陥りがちな野菜不足の食生活の乱れを心配してることをにおわせてすすめてみた。 仕方ないなという素振りで彼はグラスを手にして口元にもっていった。
「ピーマンのにおいがする。却下」
彼は飲まずにグラスを置いてしまった。
「野菜って、もさもさしてるじゃん、なんか苦手でさ。野菜ジュースも青くさいし、あ、これもね」
「じゃあ、スムージーはどうかな。ブレンド次第で、野菜ジュースよりは飲みやすくなるよ」
「めんどいのはパス。それから、手作りもなんか味が一定しないからパス。肉がいいな、ここ肉あるかな」
家政学部で栄養学を専攻している私は食へのこだわりがつい出てしまう。それに両親も弟も味覚の幅が広いので他人の食べ物の好き嫌いについては驚くことが多かった。ここで言い合っても不毛かもと一気にグラスを飲み干して
「ちょっとショーケース見てくるね」
と、グラスを遠ざけ携帯で何やら検索を始めた彼に告げて、メニュー代わりに品物の並ぶショーケースへ歩いていった。
ショーケースには、スターターと呼ばれる小ぶりのスモーブローが並んでいた。
「最初は、魚、デンマークではニシンから、だったっけ」
下調べした記憶を辿りながら一品ずつ視線を移していく。
「黒パンにニシンの酢漬けにはチャイブを散らして、サーモンムースにはディル。ウナギの燻製にはスクランブルエッグを合わせるから、ここにもタマゴと合うハーブチャイブかな。それともビネガーに漬けたチャイブの紫の花びらをアクセントにしようかな」
並んでいるスモーブローの味をイメージしながら、将来のカフェコンセプトを北欧風にした場合のメニュー用に、素材の組み合わせの基本を頭に入れる。
「やんわりと個性を主張するタラゴンは、クリーミーなソースにも負けないから、タルタルソースに混ぜてチキンに合わせようかな。フィーヌムゼルブのオムレツは、小さなピンクのゆでた小エビの上にのせて、チャービルを飾ろう。ムースやチーズ用にLP盤のような丸くて固いパンのクネッケも用意しないとね」
ここのメニューそのままというわけにはいかないので、アレンジを加えてオリジナルメニューを想像する。 味のイメージを展開させるのを私は楽しんだ。
「甘いのもメニューに加えたいな。北欧にこだわるなら、ベリーを揃えないと。ラズベリー、ブルーベリー、クランベリー、リンゴンベリーにクラウドベリー。日本では入手しずらいのもあるけれど、ベリー農家さんを当たってみよう。たっぷりのホイップクリームに、森の摘みたてクランベリーの赤を散らしたら、雪に咲いた花畑のようにきれい」
次から次へと浮かぶイメージは心を浮き立たせる。
「カフェで扱うドリンクは、市販のハーブコーディアルを炭酸水や水で割ってもいいけれど、ここはフレッシュハーブの勢いを取りたい。ディルは北欧料理には欠かせないから、小さくてもいいからハーブガーデンを作ろう。となると、やっぱり、ハーブガーデンが必要になる」
私は、ちょっと考え込む。
「カフェの運営と畑仕事、両立できるだろうか、きびしいかもしれない。人手がいるな。信頼できる人。ああ、そうだ、デトックスウォーターは、どうしよう」
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