第58話 来る
俺の目の前で諸戸は言った。
「おまえらピクリとも動くなよ。こっちは引き金を引くだけなんだからな。蒔絵! こっちの女はテレポートする。姿を消したら迷うことなく撃て」
俺は言い返した。
「博士はともかく、俺たちふたりは鉄砲じゃ殺せねえぜ。まだ力を余らせてる」
「目玉を撃ったらどうだろうな。なによりおまえらはそのじいさんを見捨てねえ。もう一発逆転なんかねえんだよ」
そのとおりだった。俺たちは指一本動かせない。諸戸のお慈悲にすがるしかなかった。ただ佇んで待つ。
ブレスレットは変わらず電子音をたてていた。諸戸が指差してくる。
「それ、うるせーな、止めろ」
「こいつは止められない。ヤバい音がしだしたらおまえらも逃げたほうがいいぞ。真夜中の殴り合いごっこもお開きだ」
「なんだ、爆発でもするってのかい?」
「おまえら次元接続体を食う怪物が現れるらしい。異次元から。俺は食われないからいいけどな。でもおまえらよりめんどくさい相手だから来ないほうがいいっちゃいい」
「脅しのつもりか。子供だましにもほどがあるってやつだな。ひでえハッタリだ」
坂上蒔絵と博士が道路を渡り終えた。ライブハウスの敷地に入ってくる。これで、この場にいる全員が三十メートル以内に入っただろう。
ブレスレットの音が唐突に止む。一瞬後、けたたましく警告音を鳴らしはじめた。明らかにいままでと調子が違う。それだけじゃなく、電子音声で「キケンキケンキケン」と繰り返す。
こいつは……。
来るッ!
セツが俺を見た。
「おっさん!」
博士も叫んだ。
「わたしのことはいい! 離れるんだ!」
しかし、博士の頭に銃口が突きつけられていては下手に動けない。それにこの場面では俺が動いても意味がなかった。俺は次元接続体じゃないから。セツがテレポートしてしまうのがいちばんの解決策だが、セツが博士を見捨てられるわけもなく。
諸戸が怒気をはらんだ声で言った。
「いいかげんにしろよ、おっさん。それはなんだ、説明しろ」
俺の背筋を冷や汗が伝い落ちる。
「時間がいくら残ってるかわからねえぜ?」
「だったら早口で喋れ」
諸戸が納得するようにどう説明すればいいのか。俺は頭を高速回転させた。
「次元接続体は、おまえらのいう能力者は異次元とつながりを持つことで力を得ている。ひとつの場所に次元接続体が集まりすぎると、異次元とのつながりが大きくなって、それを通路にして異次元の怪物が現れるんだ。このブレスレットは……」
「そんなもんに騙されるかよ! おまえらのトリックだろが! 止めろ!」
諸戸の雷撃が俺の身体を包む。
「うがぁああああ!」
身体を衝撃が走り、俺は立っていられずに倒れた。髪が焼ける臭いがした。真夜中の静けさにブレスレットの警告音だけが響く。
諸戸が俺を見下ろす。
「ケッ、けっきょくなんともねぇじゃねえか。人をナメるのもいいかげんに……」
そのとき。
ごろっ、と空気が震えた。
直後、轟音とともに巨大な稲妻が大気を貫いて落ちてきた。
稲妻の落ちた場所には霧の柱が立ち、それが薄れていくに連れて、なかに隠れていたものの姿が現れる。
俺たちは、諸戸たちも、その異様さに身を強張らせた。
身長十メートルの巨人が立っていた。
頭が魚のようで身体は無毛のゴリラ、背中では無数の触腕がうごめいている。まさしく異形の怪物。狭間から来たるもの。
次元接続体が神話に残る超人たちだったとしたら、こいつは確かに超人を倒す敵、神話に語られる怪物なのだろう。おぞましい迫力があった。圧倒的な力の波紋が広がっている。
怪物が動いた。鋭い数歩で迫り、素早く諸戸をつかみあげる。
「うぉおお! ざけんなぁー!」
諸戸が雷撃を乱射するものの、怪物は意に介さない。諸戸を魚の口に運んで丸呑みにしてしまった。
「いやだぁぁぁ! こんなぁぁぁ!」
諸戸の断末魔が響く。戦慄すべき、あっけない最期だった。
怪物の背中に生えている触腕がセツ向かって伸びる。セツはテレポートして逃れた。
坂上蒔絵が怪物に向かって発砲した。
「怪物! 怪物!」
銃口は博士の頭から離れていた。チャンスだったが、俺の身体はまだうまく動かない。
触腕が伸びて、身を縮めた博士をつかまえる。
セツがテレポートしてきて刀で触腕を打ったが効かない。セツ自身も触腕のターゲットになり、再び逃げる。
俺たちになすすべもなく、博士も飲みこまれていった。
「娘をたのむ!」
それが博士の最後の言葉だった。
「博士ー!」
俺はなんとか立ちあがる。
とうとう仲間から犠牲者が出てしまった。最悪の事態だ。そしてこれをどう収拾すればいいのか。
怪物は次元接続体じゃない俺を無視して、逃げる坂上蒔絵を捕らえる。坂上蒔絵は勇ましくも発砲を続けた。怪物に開いた穴から虹色の体液が漏れる。銃が効かないこともないが、まったく威力不足だった。
そして坂上蒔絵も食われた。
セツはどこか離れたところへ行った。
怪物は俺など目もくれず、倒れている次元接続体たちに覆いかぶさる。
烏羽鉄火も、江藤耀司も、川辺夕も食われた。
怪物のぶしゅうぶしゅうという呼吸音だけが残る。
俺たちはそれでも、こいつを止めなければならないのだった。
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