第56話 戦いの始まり

 俺は不敵に返した。

「おまえらだって次元接続体と戦ったことはないはずだ。五分だね」

「そう思ってるのはおっさんだけじゃねえか」

 俺は怒りを練りあげた。

 まったく、こんな夜中に!

 こんなホストみたいな野郎と!

 血みどろの殴り合いか!

 あったまくる!

 身体が熱くなり、炎のような奔流が走った。

 服が破け、万筋服が現れる。

 無敵の装甲に包まれて、俺は言った。

「アンガージョー対なんでも屋の社長、やってみるか?」

 万筋服を出したらブレスレットは壊れてしまうと思っていたが、伸縮するようで、万筋服の一部と化してピッピッと鳴っていた。

 三メートルの高みから、諸戸は呆れたように言う。

「どんな仕掛けになってんだかさっぱりわかんねえな、底辺のくせに」

 周囲に光が差した。明るくなった。俺は背後を振り返る。

 ライブハウスが、外側に向いているすべてのライトを点灯させていた。閑散とした国道沿いに、そこだけ活気づいたようだった。閉鎖されたライブハウスは、生き返ったように光に包まれていた。諸戸の一味にしても暗いと戦いにくいと判断したのだろう。

 博士がライブハウスを指差した。

「出入り口の右、シャッターの前! 烏羽と江藤だ!」

 セツが瞬時にテレポートした。

 出入り口の右、なにもないように見える場所で盲滅法に刀を振り回す。

 透明化が解けてふたりが姿を現す。

 ガタイのいい烏羽はセツを殴ろうとし、細身の男はほうほうの体で逃げだす。

 セツは細身の男の前にテレポートし、刀の柄でみぞおちをえぐる。細身の男、江藤耀司は倒れた。

 きっと透明化は止まっていないと使えない力なのだろう。透明化したまま動けるのは乗り物に乗っているときだけだ。

 烏羽が衝撃波を撃つが、セツはテレポートした。烏羽の後ろへ回り込んで刀で殴る。

 ふたりの戦いは続いているが、とりあえず一番厄介だった透明化は潰せた。

 空中に浮かんだまま、驚きに声を失っていた様子の諸戸が口を開いた。

「お、おまえら、能力者なだけじゃねえな! 俺たちの能力を熟知してやがる!」

「いつでも降参していいぜ。参ったすれば大目にみてやる」

「俺の力は知られていたとしても止められるもんじゃねえ! まずはあの女からだ!」

「行かせるか!」

 諸戸は空中にいるが、万筋服に強化された俺の脚力なら届く。俺は飛びかかった。

「おっさんは後回しだ!」

 諸戸の手のひらから網のような形の稲妻が広がった。稲妻は巨大な手のように俺を捕らえる。

「うがぁああああ!」

 激しい衝撃が俺の身体を走る。顔は焼かれるように熱かった。

 諸戸は手で放り投げるように、俺の身体を捨てた。俺は木に激突して倒れる。一瞬気を失っていたかもしれない。

 博士が助け起こしてくれた。

「大丈夫か、丈くん!」

俺は頭を振って立ちあがった。髪が焦げ臭いにおいをたてている。

「くそ、万筋服を着てても効くぜ、あのやろう……」

 諸戸は道路の向こう側へ渡り、空中から電撃でセツを捉えようとしている。

 諸戸と烏羽に加えて、麻痺の男、川辺夕も参戦して駆け回っている。あいつに頭をつかまれたらおしまいだ。

 セツは一対三だった。テレポートでも動ける場所が制限される。このままじゃヤバい。

 博士が言った。

「透明化の江藤は倒した。もうわたしの出番はないだろう。足手まといにならないようにわたしはここにいる。セツくんを頼む」

「わかった、まかせとけ! もうやられはしねえ!」

 とつぜん腕にちくりとした痛みが走ったあと、急に気分が爽快になった。強壮剤にようなものを打たれたような気がした。万筋服の隠されていた機能のひとつかもしれない。

「いくぜぇ!」

 俺は大きくジャンプし、ふた跳びで四車線の道路を渡った。ライブハウスの駐車スペースに着地する。

 もうここは戦場だ。

 烏羽の衝撃波のせいで、アスファルトの地面がところどころ砕けている。諸戸の電撃のためか、空気が灼けた臭いをしていた。

 ブレスレットの音はピッチを早め、緊迫感を増していた。だが、ここには蕪屋雫も坂上蒔絵もいない。俺は次元接続体じゃないから、諸戸の一味にセツが増えただけだ。まだ余裕があるだろう。俺は戦いに専念した。

 セツは諸戸と烏羽の攻撃から逃げ回っている。

 俺のほうには川辺夕が駆け寄ってきて、まっすぐ手を伸ばしてきた。

 こいつ、戦いは素人だ。

 人を簡単に気絶させることができるせいで、戦い方を学べなかったに違いない。スキだらけだった。

 俺は手加減しつつ、カウンターで川辺のあごを殴りつけた。

 川辺はくるくると回転して倒れた。もう動かない。よし、こいつは始末した。残るは諸戸と烏羽、ふたりだけだ。

 俺の隣にセツがテレポートしてきた。

 顔は烏羽のほうを向いている。

「まったく、こいつタフで。刀がもたないかもしれない」

「頑丈なやつってのも困るな。それだけ痛い目を多くみるのにな」

 烏羽が腕を振り下ろす。衝撃波がくる。セツは消え、俺は跳んだ。立っていた場所のアスファルトが砕ける。

 さて、こいつをどうするか。  

 トランシーバーから博士の声が聞こえた。

「身体は頑丈でもチョークは狙ってみる価値がある。首だ!」

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