第51話 呼び出し

 俺も、自分の人生がだれかの妄想の産物なんじゃないかと疑っていた時期がある。

 まさかそれがある意味事実だったとは。

 橘香華子には驚かされた。俺のことを妄想だと信じて、この生活を覗き視ていたという。

 以前の生活はホントに妄想ならよかったようなものだった。妄想なら、いつかパッと消えてなくなる。

 でも、いまはもう違う。

 俺には本物の血があり肉があり腹も減るし、なにより、そう、なにより、いまの俺には万筋服とそれに伴う役目がある。それは生きがいだった。妄想として消えるわけにはいかない。これはリアルだ。俺の現実だ。

 俺が自分の人生をJKの妄想のように感じたのも、実際に視られていたせいだろう。香華子とのあいだになんらかの繋がりができていたにちがいない。

 だがいまや、人生も万筋服も確固たる現実として俺のもんだ。

 俺はこの人生をまっとうするやる気に満ちていた。立ちふさがる敵は倒していく。そのつもりだ。

 目下の敵、諸戸の一味の居所が今日にも判明するかもしれない。

 だというのに、今日は半日の休みをもらった。俺もこんなときに悪いとは思ったが、やるべきことができたのだった。

 昨日遅くに帰宅したとき、習慣で郵便ポストのなかをチェックした。

 もう督促状は入っていなかったが、一通の白い封筒が入っていた。前にも見たことのあるやつだ。

 差し出し人は『万筋保守委員会』、つまり俺の万筋服を作った人工知能、呉羽義一だった。内容は短く、至急話したいことがるので今日来てくれと書かれていた。

 それで世ノ目博士に連絡をとり、今日は半日休んで母方の実家、その農機具倉庫へ向かうことにした。

 念のため、着替えをリュックに詰めて、俺は呉羽のもとへ歩いて向かった。

 三十分歩いて母方の実家に着き、門のなかを窺う。イトコも叔父叔母も留守のようだった。都合がいい。農機具倉庫へまっすぐ向かい、扉を開ける。

 暗い屋内、地面の上に油染みのような黒い円があった。呉羽の居場所への入り口はもう開いている。躊躇なく黒い円のなかへ足を踏み入れた。

 空間が歪むような感触のあと、俺はアンティークな調度でまとめられたサロンに立っていた。相変わらずフルーティーないい匂いがする。

 目の前に男がいた。

 執事のような服装をしてモノクルをかけている。呉羽義一だ。呉羽は一礼してすぐしゃべりはじめた。

「差しでがましいとは思いましたが、ある種の方々に危機が迫っておりまして」

「久しぶりにあったのに景気の悪い話かよ」

「さようで。太刀川レポートはもうご存知ですかな。そのレポートを書いた太刀川氏とわたくしめは友人といっていい間柄でして」

「その人どっか行っちゃったんだろ。みんな探してるみたいだぜ」

「太刀川氏は自らを改造し、世界と世界のあいだを飛び回り、ケイオスウェーブの謎を解明しようと奔走されております。その太刀川氏から警告がありました。『狭間から来たるもの』と名付けた怪物がこの世界に侵入しようとしていると」

「なにぃ……」

 呉羽の説明はこうだった。

 世界と世界の狭間に特殊な怪物が棲んでいる。それが次元接続体の存在を通してこの世界に現れる可能性が高い。怪物は次元接続体のいる場所に出現するし、次元接続体を食うという。まったく厄介なこった。

 俺は聞いた。

「怪物、怪物っていうけどどんなやつなんだよ」

「わかりませんな。太刀川氏に視えているものが、この世界に入ってきてもそのままなはずはありませんからな」

「その太刀川さんにどんなふうに見えてんの」

「それは丈さまの知覚ではとらえきれない形状でしょうな」

「くそ、もったいぶりやがって」

「それが事実なのです。狭間から来たるものは多次元接続の量が一定値を超えないと、この世界にやってこられません。そこで運良くこれを作りあげることができました」

 呉羽は銀色のわっかを取りだした。

「ブレスレットです。身につけているとよいでしょう。これは半径三十メートル以内の多次元接続を感知して知らせます。我々が狭間から来たるものの侵入に十分だと予想している多次元接続の量に達すると、激しい警告音が鳴ります。そのときは急いでお友達たちを離れさせてください」

「お友達の半分以上は敵なんだぜ? なにもないよりはマシだけどさ」

 俺はブレスレットを受けとった。

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