第44話 真の邂逅

 香華子は肩を抱かれて中へ入った。

 強烈な好奇心のおかげで、涙としゃくりあげは止まっている。

 壁の内側に入ると、妄想で幻視したままの光景がそこにあった。

 香華子は広い庭を通り抜けて、応接間に招き入れられた。そこもいつか見たとおりの部屋だった。

 きょろきょろ見回しているとセツが姿を現した。

「お嬢さま、その子は……? 友達ですか?」

 えひめが口を開くより早く、香華子が声をあげる。

「セツさんだ! すごい! ほんとにメイド服!」

 セツの目つきが厳しくなった。

「どうしてわたしのことを知っている? なにをどこまで知っているのか教えてもらおうか?」

 セツの迫力に気圧されながらも香華子はつぶやく。

「じ、次元接続体で怪力の持ち主で、特殊能力はテレポート。武器は刃のついてない日本刀で……」

 セツとえひめが顔を見合わせる。

 いまさらハッと気づいたように香華子は目をあげた。

「お、おっさん、いや、釘伊さんもいるんですか、ほんとに?」

 セツが頷いた。

「そうか、おっさんの知り合いか。あのバカ、ペラペラと秘密をしゃべって……」

やはりおっさんも実在する!

 香華子は頭がくらくらした。

 すべてが現実。すべてが揃っている。

 自分の想像力の産物だと思っていたことがすべて現実に存在していた。これがなにを意味するのかはまったくわからない。ただ、自分の妄想がただごとではないというのは、なんとか認識できていた。

「まったく……」

 セツが舌打ちする。

 このままではおっさんが諸悪の根源にされてしまう。香華子は慌てて否定した。

「ちが、違うんです! おっさ、いや釘伊さんはわたしのこと知りません! わたしだけ一方的にみんなのことを知ってて、それはなぜかというと……」

「丈くんはいまパトロール中で留守だ。いったい何の騒ぎかね?」

 騒ぎを聞きつけて、世ノ目博士も応接室へ入ってきた。

「世ノ目博士……」

 香華子は目を丸くした。眼帯をした初老の男は、実際に対面すると思っていたより迫力があった。 

 世ノ目博士のほうも、香華子を目にして表情が消える。

 ただならぬ雰囲気に全員が口を閉ざし、あたりは沈黙に包まれた。

 えひめが緊張を貫いて問う。

「お父さん……どうしたの……?」

「えひめ、その子は友達かい……?」

「そう。橘香華子さん。近くで襲われてたから。橘組のお嬢さんで、ほっとくわけにはいかないでしょ……」

 博士は重々しく口を開いた。

「そうか。その香華子くんは次元接続体だ」

「えぇっ?!」

 みなが驚きの声をあげた。

 香華子は急上昇した心拍数に圧倒されながらも、なんとか言葉を紡ぐ。

「そんな、次元接続体がほんとに、ほんとにいるだけでもびっくりなのに、自分が次元接続体だなんて……」

 博士はひと息つくと、ソファに腰かけた。

「みんな、座ろう。詳しく話をお伺いしよう。つまるところそれが、香華子くんがここにいる理由なんだろう」

 香華子も頭の悪いほうではない。できる限り順序立てて説明した。

 はじめは妄想のおっさんを観察して楽しんでいただけだったこと。もちろん実在の人物だとは思わなかった。自殺未遂したおっさんの生活を立て直そうと妄想を強化していくと、細部がよりくっきりとリアルさを獲得していったことなど。

 次元接続体というのも、もとはといえば兄が考えたアイデアのはずだった。そして妄想のはずの現金輸送車襲撃事件が、あとで実際に起こったことなどを。自分が妄想に登場したあと高熱を出したことも話した。

 博士は途中で離席し、戻ってくると香華子に告げた。

「もうすぐ丈くんが帰ってくる」

 香華子は我知らず顔が紅潮した。

 それから博士はいろいろ細かいことを質問し、香華子は可能な限り正確に答えた。

 数分後、室内にイサムの声が響いた。

「うぇーい! イサム、釘伊丈、帰ってきたぜ!」

「お出迎えしよ!」

 えひめが香華子を引っ張って出入り口に向かう。

 そして、橘香華子はおっさんこと釘伊丈と対面するのだった。

 香華子は目を泳がせながら、しどろもどろに挨拶する。

「あ、あの、はじめまして、た、た、たちばな、橘香華子といいます……」

 妄想だと思っていたものが、完全に現実と一致した瞬間だった。

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