第34話 香華子の登校
香華子は目覚めるとともに決意した。
今日は世ノ目えひめに話しかけねばならないと。
えひめには歳の離れた友人ができたという。
おっさんならたしかに歳の離れた友人ということができるだろう。現実的には子供の友人ができただけかもしれない。その可能性は高い。いままでだったら、大して気にしなかったかもしれない。
しかし、昨日もうひとつの気がかりができた。
現金輸送車の強盗。
テレビで見たその現場の様子は、香華子の妄想に酷似していた。
まるで世界の裏側で、香華子からは見えない場所で、香華子の妄想が現実化しているみたいだった。
もしそうだったら……。
香華子の妄想が現実化しているのだったとしたら……。
えひめの父は次元接続体だし、家は次元接続体研究所だし、それはつまり世界に次元接続体という超人が実在するということになる。
それよりなにより、おっさんが実在するということになってしまう。
香華子が妄想によって観察し、死の運命から救い出した哀れな中年男が実在する。
そのおっさんは哀れなだけじゃなく、無敵の万筋服を着用できる超人でもあるはずだった。
実在したとしたら、えひめの友人でもあるわけだし、香華子とも対面する機会が訪れるかもしれない。
そうなったとき、香華子はどんな気持ちになるだろう。おっさんは妄想だからこそ尊いのだ。実在したら単なる運の悪い中年オヤジでしかない。
実物に出会ってしまったら、そのあと、香華子の妄想はどうなるのか。
ここまで考えをまとめてみると、あまりに現実離れしすぎていて頭に靄がかかったような気分になった。
ありえなさすぎる。
すべてが気のせいのように思えた。
ただ、思わせぶりな偶然が連なっただけかもしれない。
そして香華子の思考は最初の決心に戻る。
真実をあきらかにするために。偶然か気のせいか、それともなにかが起こっているのか。
それを確かめるためにも、世ノ目えひめと親しくなるのだ。彼女もまた物事の中心地にいる人物だった。
なに、えひめは気さくな人柄だ。話しかければきっと香華子とも仲良くしてくれる。
自分を鼓舞し、朝食を含めて登校の準備を終えると、香華子は玄関を出た。
そこに三人の若い衆が待っていた。
三人は勢いよく頭を下げてくる。
「おはようございます、お嬢!」
慣れていないと迫力に怖気づいてしまうだろう。
香華子は、またあれか、と直感した。
若衆のリーダー格が、予想通りの台詞を言う。
「今日からしばらくわたしどもがお嬢の送り迎えをさせていただきます! これはオヤジの命令ですから!」
香華子は嘆息した。
「えー、また揉め事ー、いい加減にしてよー」
「お嬢はなにも心配しないでください。ただわたしどもが命令されただけですから!」
また対立組織との小競りあいが始まったらしかった。
揉め事が起こると、香華子の安全のためにボディーガードがつけられ、車での登下校となるのだった。哲史も同様となる。
香華子も哲史もおとなしい質だった。物騒なこととは関わりたくない。しかし、家業がそれを許さないのだった。
「さ、お嬢、こちらへ!」
若衆が車へ向かう。
このごろは人の入れ替わりも激しいので、香華子はこの男の名前もしらなかった。
そういえば父親ともしばらく顔をあわせていない。家に帰ってきているのかもわからなかった。
香華子はこの送迎がひどく嫌だった。
香華子も含めて、裕福な家庭の子女が通っている学校ではあるが、威圧感のある黒塗りの車で登校すると、いくぶん白い目で見られるような気がするのだった。
それでも仕方ない。物騒な家業のおかげで、危険性はあるのだろうから。
おっさんの人生は見渡せるが、自分の身にはなにが起こるか、一寸先のこともわからない。
香華子はおとなしく、若衆に挟まれて車に乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます