011-2 奇跡の代価②

 今世紀最大の仰天。驚愕のどんでん返しに、クリスは大きく目を見開いた。

 え?????自分の本質、性欲じゃなかったんスか?????と驚きで一杯だった。



『一見、そう見えるのも、その思考に至るのも、俺様としても同意しかないが、だけどキチンと考えれば不正解だってのは分かる。いいか、性欲こそが本質で、何よりの願いなら、お前はとっくに、誰彼見境の無い史上最悪のレイパーと化している筈だろ?質問だが、お前は誰かを傷つけてでも自分の性欲を満たしたいのか?』



「ううん」



 それは確かに違う。

 他の誰かが傷つくことの方が嫌だ、とクリスは一瞬の迷いすら無くそう回答した。


 え?それにしては嫌がるデザベアにSMプレイを強要していただろって?


 …………いくらお人好しのクリスでも、家族や友人と引き離されて天涯孤独の身にされた事を全く怒ってない訳ではないので。


『それが答えだ。それがお前の一番の願いだったら、多分前の世界の時点で――いやまあ、これは良いか。とにかく、お前の本質は性欲じゃねぇよ。無論とは言っても異常に過ぎるから、願いの源泉から零れ落ちた物である事は確かだがな』



「じゃあ、私、には、何も、分か、らない…………」



『性欲以外に自分の本質だと思う物を考えつかねぇのかよ……。お前の頭の中にはエロい事しか無いのかよ』



「う、ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



『自慢げに断言するような事じゃ無いんだが???????????????』



 隙あらば脇道に逸れていくのを止めろ、とデザベアは溜息を吐いた。



『話を続けるぞ。飽くまで俺の予想だが、お前の本質は――』



 そこまで口に出してデザベアは言葉を止めた。

 何故なら、デザベアの予想するクリスの本質は、彼にとっては余り面白い物では無かったから。



「私、の、本、質は?」




『…………生命いのちに対する愛情だろ』




「――ぁ」



 デザベアのその言葉は、クリスの胸の中にストン、と収まりよく落ちた。

 まるで巨大なジグソーパズルの最後の1ピースが埋まったかの様な爽快感。



 ――そうだ。自分は生命いのちが大好きなのだ。


 誰も彼もが輝いて見えて、愛いのだ。

 だから好きなのだ。生命を育んだり、愛を確かめる行為が。


 その思いが自分の中にある一番だと、今ならクリスは迷いなく断言出来た。



「ぁ。でも」



『ん?』



 それが自分の本質だと語るデザベアの言葉に、異議は全く無いが、ちょっとした疑問があるとクリスは思った。



「機〇、姦、とか、も興味、ある、けど……」



 生命関係ないじゃん!とクリスは思った。



 コイツ、なんて疑問を口に出しやがるッッ――!!




『それは、願いとか本質とか関係無しに、お前がドスケベなだけだろう』



「成、程。そっ、か~~。納、得~。」




 成程じゃないが???????????



 そっかーじゃないが!??????????



 納得じゃないが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



『コホン。また話が逸れたな。まあ此処で重要なのは、お前の本質がそう言ったものだとするのなら、お前の得意な事も自ずと予想が付くって事だ』



「それ、って?」



『浄化や、祝福。そして恐らく――――治癒』



「治、癒」



『時系列順に最初から説明して行くか。まずは現代に居た時。お前は自分の力に目覚めてはいない状態だった』


 まあ俺様を喚べた以上、時折影響が漏れ出してはいたんだろうが、とデザベアは補足した。


『そして俺様の手によりこの世界に魂を送られ、その影響でお前は覚醒ざめた。……完全に目覚めたのは俺様が呪い――じゃなくて加護を掛けた後だろう。そうじゃなきゃ、あそこまで簡単にかからんからな』


 此処まではこれまでの話の纏めであり、重要なのは此処からだ。


『そして小さな器の中に、規格外の魂が誕生する。当然器たる肉体は直ぐに消し飛びかけて――しかしそこでお前の力が待ったをかけた』



「それ、が、治癒?」



『ああ。かつて無い危機に、恐らくお前の祈りは全力で駆動した。死んでたまるか、壊してなるものか!ってな。結果、お前は壊れて弾け飛ぶ器に、規格外の治癒を掛け続け、それで発生したのが均衡、だ』



「均、衡」



『お前の魂の影響で壊れようとする器と、それを治そうとする力。それによって発生した生と死の天秤は、ギリギリ生の側へと傾いていた』


 かつてデザベアが疑問に感じた、肉体の健康状態の割にクリスが元気だった事に対する疑問の答えも、それだ。 


『ただ、そのバランスは本当にギリギリも、ギリギリ。表面張力で耐えているだけで、今にも中身が零れそうなグラスが如し、だ』


 ほんの少しでも刺激が生ずれば、中身のが溢れ出す。

 そんな危うい状態が今のクリスであるのだ、とデザベアは語った。


『そして魔法や超常的な力の使用は、その刺激足り得てしまった、と。それがお前の身に起こった出来事だよ』


 天秤が、死の側へと傾いた。

 言ってしまえばそれだけの話しだ。


『それにしても勿体ねぇ。器に治癒なんか間に合わなければ良かったのに』



「酷、い!」



 死ねばよかった、とでも言うのか!とぷんすか怒るクリスに、勘違いだ、とデザベアが答える。



『ああ、そういう意味じゃねぇよ…………いや、俺様としては別に、変なことになる前に死んでくれてても良かったな』



「やっぱ、り、酷い!!」



『ああ、だから違ぇって。死んでくれても一向に構わなかったが、今の言葉の意味はそういう意味じゃねぇよ』



「じゃあ、どう、いう、意味?」



『【超越者】なら肉体が滅びて魂だけの状態でも生存出来ただろうし、上手く行けばそこから新たな肉体を形作る事だって可能だったはずだ。そうすりゃ、今みたいなややこしい制限がかからずに、お前は好きなように力を振る舞えたはずだ』


 だと言うのに、やれやれ、とデザベアは首を振る。


『それをお前。変に、壊れて治して、壊れて治してを繰り返したせいで、肉体と魂が完全に混じり合っちまってるじゃねぇか』


「それ、何か、問題、なの?」


『要は今の俺様とお前の関係と似たようなものが、お前の魂と体で発生してるのさ。本来だったら同等域の存在に殺されでもしない限り不老不死な筈の奇跡の魂が、小さな肉の檻に完全に取り込まれてる。ああつまり、肉体が死ねば魂も死ぬって訳だ』


「それ、は」


 クリスが少し深く考え込んだ。


『お、流石にショックか?そりゃあそうだろうな。折角魔法を使えて万々歳って時にこの様だもんなァ!!』



「い、や。肉の、檻、って、言葉、なん、だか、エッチ、だな、って」



『やっぱ死ねよ、テメェ!!!!』



 ブチギレたデザベアに、言い訳するようにクリスが話す。



「いや、だって、元から、魔法、使え、る。思っ、て、無か、った、し」



『……まあ、それもそうか』


 魔法なんてお伽噺の中にしか存在しない科学社会で生きてきたクリスだ。

 元々自分がそんな力を使えるなんて思ったことは無い。

 此方の世界にやって来てからも、デザベアに才能が無いと言われていたので、そういうものか、としか思っていなかったのだ。



 使えないと思っていて。

 でも何故か使えそうになって。

 やっぱり使えなかった。


 始まりと結論だけを取り出してシンプルに考えれば、使えないと思っていた物が、やっぱり使えなかった、と言うだけの話で、特にショックを受ける内容でも無かった。

 と、言うよりショックと言うのなら、これまで問題なく出来ていた事が出来なくなった事――つまりは元気に走り回る事すら出来ないと分かった時の方が、余程ショックで合った。



「まあ、でも。力、づく、で、アレン、君、助け、られ、ないの、だけ、は、残念」


 何か凄い力を自分が使えたのだとしたら、まだるっこしい事をしなくても自分で直接アレン君の母親を助けることが出来たかも知れないのに、とクリスがこの件で残念に思うとしたら精々その位である。



「それ、で。結局、私、これ、から、どう、すれば、良いん、だろ、う」



『魔法は使えると思うなよ、って位だな』



「あの、それ。結局、昨日、までと、同じ、では?」



 何か、色々と衝撃的な事実が分かった!!的な雰囲気を醸し出していたが、無駄に遠回りしただけで、結論的に、これまでの生活と何も変わらないのでは?とクリスは思った。


 気づいてしまいましたか……。その事に……。



「…………………………」


『…………………………』


「もう、1回。寝よ、っかな」


『寝坊すんなよー』


「はー、い!」



 ええ、つまり。何も変わらないのである。クリスの動きは。

 360度回って結局元の位置に戻っただけだったのだ……。

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