第26話 物語の始まり


 ボロボロと涙を流し俺に別れを告げる妹。


 その言葉を聞いたとき俺は一瞬ホッとしてしまった。


 でもその直後、とてつもない喪失感に襲われる。


 泣かしたくない、そんな理由で妹と付き合うと言った。

 そして俺はそれが、俺の事が好きだと言ったのは、妹の勘違いだって……そう信じていた。


 いつかはわかる時が来るなんて、お気楽な考えで妹と付き合うと言って、更に妹を追い詰めてしまったのだ。


 そう、妹は頭が良い、なんでも考えすぎる……先の先まで考えすぎるくらい考えている。

 つまり俺に告白した時点で、妹はもうどうしようもなく追い詰められていたのだ。

 それを俺はまるでママゴトでもするかの様に付き合ってみようと返事をしてしまった。


「ごめん、ごめんな……」

 不甲斐ない自分に、最愛の妹を泣かしてしまった自分に腹が立つ。

 何が妹の為なら死ねるだ。

 何が泣かしたく無いだ。

 

「あ、謝らないで、お兄ちゃんは何も悪く無いの……わ、私が、私が卑怯だったの……私はお兄ちゃんの気持ちを……利用したの」


「卑怯? 利用?」

 

「そう……私ね……ずっと、ずっとお兄ちゃんを見てきた、そしてわかったの、お兄ちゃんは困っている人をほっとけない性格だって、だから私はそれに掛けたの、告白すれば……ひょっとしたらって……そしてね、もしお兄ちゃんが私の告白を受け止めてくれたら、お兄ちゃんは私を困らせる様な事は絶対にしない……そう思ったの」

 ポロポロと涙を流す妹は、その悲しみに苦しみに耐える様に必死に声を出しそう言った。


「栞……」


「高校生になったらお兄ちゃんの魅力に気付く人が出てくる……そして、もし告白でもされたら、お兄ちゃんその人の願いを叶えちゃうって、そう思った……だから誰よりも先にって」


「──それで入学式の前日に」


「うん、私に友達が多いのも、沢山の恋愛相談に乗っているのもお兄ちゃんの事を好きだって人が現れないか警戒していたから……それが始まり」


「ははは、それは心配しすぎって言うか、俺がモテる筈ないよ」


「鈍感……」


「え?」


「……私はお兄ちゃんに枷を掛けたの、お兄ちゃんを束縛したの……」


「だから……別れるって言ったのか」


 俺がそう言うと、妹は口を抑え必死に嗚咽を止める。

 しかし涙は止まらず、ボロボロとこぼれ落ちていく。


 俺は立ち上がると持っていたハンカチで妹の頬に伝わる涙を拭いた。


「ひ、ひっく、ひっく……ふ、ふええええええ、うえええええええん」

 まるで幼子の様に泣きじゃくる妹……俺はここまで泣いた妹を今だかつて見た事が無い。


「──最低だな」


「う、うん、ぐふ、うん、そう……私は……最低」


「違うよ……最低なのは……俺の方だ」


「……え?」

 溢れ出る妹の涙を右手で拭い、左手で美しい黒髪をゆっくりと撫でる。


「俺はさ、栞がそこまで真剣に俺の事を想ってくれてるとは思わなかった。そう、小さい女の子が将来お父さんと結婚する、なんて言っているのと同じ勘違いだってそう思っていた。もっと色んな出会いを経験すれば俺なんかよりも良い男は一杯いるし、いつか自分の想いが勘違いだって気付くだろうってそう思って軽い気持ちで付き合おうって返事をしちゃったんだ……な? 最低だろ?」


 嗚咽で声が出ない妹は、ブルブルと横に頭を振って返事をする。


「栞はずっとずっと悩んで苦しんで、俺に告白してきたんだよな、俺はそれがわかっていなかった……いや、考えない様にしてたんだ。勘違いだって自分に言い聞かせて逃げていたんだ。ごめんな、恋人ごっこなんてさせて」


「……ううん、違う……私は、う、嬉しかった……お兄ちゃんに付き合ってもいいって……言われて……」

 必死で俺にそう言う妹……その声を聞き俺の胸が苦しい程に痛んだ。


「……栞が俺の事を好きだって言ってくれて、俺も凄く嬉しかったんだよ、嫌われてるかもって思った事もあったし……そしてね、今は凄く悲しい、別れてって言われて、凄く悲しい気持ちになったんだ」


「……うん……ごめ、ごめんな……さい」


「俺はね、栞の事が大好きなんだよ、栞を思う気持ちは栞が俺を思ってくれている気持ちに負けてないって断言できる」


「……でも、それは……」



「そう、俺の想いと栞の想いは違う……大好きって気持ちは違う……そう思ってた」


「……うん………………え? 思って……た?」


「そう、俺は家族として栞が好きなんだって、そう自分に言い聞かせていたんだよ、でも、栞を見てこれって本当にそうなのかって今は迷っている」


「……え?」


「だってさ、俺、本気で人を好きになった事が無いんだ。恋愛感情って意味での好きって思いになった事が無いんだ。憧れって意味ではあるけど……だから正直わからない、自分のこの気持ちが栞を想う気持ちが、どういう意味なのか、今の俺にはわからないんだよ」


「お兄ちゃん、それって」


「だーーかーーら、保留って事にしないか?」

 俺はそう言うと栞の顔をそっと両手で掴むと顔を近付けそう提案した。


「保留?」


「そ、お互いこの気持ちがはっきりするまで、この想いが家族としてなのか、それとも違う想いなのか、はっきりするまで別れるのは保留って事にしないか?」


「お兄ちゃん」


「そしてさ、俺の気持ちと栞の気持ちが同じだってなったとき、若しくは違うってなったときに改めて考えよう」


「考える?」


「そう、俺達の関係を、もう一度考えてみよう、兄妹としての関係をさ」


「兄妹として……」


「そう、兄妹で付き合っちゃいけないって法律はどこにもない、兄妹でずっと一緒に居ちゃいけないって法律も無い……その……兄妹でゴニョゴニョしちゃ駄目だって法律も無いし」


「ゴニョゴニョ?」


「い、言わせんな! だから兄妹って関係はずっと続く、それはもうどうしようもない、でもどういう関係でいるかはそれぞれだって事」


「つまりそれって」


「もしそうなら、もしも俺のこの気持ちが、今の栞と一緒で、もしも栞の気持ちが変わらないでいたなら……今度は俺から告白する、俺の……恋人になってくれって」


「……お、お兄ちゃん!」

 栞は俺の胸に飛び込んでくる。そしてグリグリと俺の胸にぐちゃぐちゃの顔を押し込んでくる。


「あーーあ、洗濯しなくちゃ」


「好き……大好き……でも私は変わらないよ、永遠にお兄ちゃんを好きで居続ける。そしてね、頑張る……お兄ちゃんに気に入られるように……恋人にして貰える様に……私頑張るから」

 俺の胸がほんのりと熱くなる……それが妹の吐息や涙のせいなのか? 俺の心のせいなのか? 多分両方なのだろう。


 可愛い可愛い俺の妹、その肩をそっと抱き締める。


 俺と妹の新しい物語は、ここからスタートする。

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