第17話 ラブレター
先日帰りに買い物に行きたいと言われ、いつもは先に帰るがその日は妹が皆から解放されるのを待って一緒に帰った。
そしてその時、栞の下駄箱に1通の封筒が入っていた。
「久々だなあ……」
栞はそう言って少し困った表情でそれを取り出すと俺に見せつける。
「何? 果たし状?」
まあ、そうやって冗談を言うも、どっからどう見てもラブレターなのは一目瞭然だった。
「最近すっかり来なくなったからなあ」
俺の冗談を華麗にスルーして栞はそれを鞄にしまう……。
「そうなのか?」
「うん、まあ殆んどメールかメッセで送って来るよね」
「メールってアドレスそんなに知られてるのか?」
「まあ、どこからか調べて来るよねえ」
上履きから革靴に履き替え、困惑気味だがもう慣れたと言いながら、俺と一緒に校舎を出る。そのまま校門までも多くの生徒に声を掛けられ、その姿はまるでアイドルの如く、その皆に手を振る妹……まあ、これも中学の頃から見慣れた光景で、当然高校でも全く変わらずにいた。
「そうか、ラブレターは無いのか」
校舎を出るとようやく落ち着き俺はさっきの話しの続きを再開する。
「……え! お兄ちゃんラブレター書いたことあるの!?」
「えっと、そこは貰ったことあるの? って言わないか!?」
「あははは、お兄ちゃんにラブレター書く人なんて私くらいしかいないでしょ!?」
「いや、お前からも貰ったこと無いんですけど」
「だって出せ無かったもん」
「そ、そうか……」
「あ、じゃあ、改めて貰ってくれる?」
「い、いいけど」
「やった! じゃあ、後でお兄ちゃんの部屋に運ぶね」
「……運ぶ?」
「うん! 5千通くらいあるから」
「5千……」
そしてその夜段ボール箱数箱が俺の部屋に運ばれることになる。
「でも……お兄ちゃんがラブレター……一体誰に?」
妹はニッコリ笑って俺を見つめる。しかし目は全く笑っていなかった。
今にも刺しそうな目で俺を見つめる妹……に俺は慌てて言い訳をする。
「ち、違う、小学生の時にお礼を言いたくて書いたんだ、それがえっとなんかラブレターみたいになっただけで」
「お礼?」
「そう、一人で公園で遊んでいたら怪我をして、それを助けてくれたお姉さんがいてさ」
「ふーーん」
「でも結局渡せなかったから」
「なんで?」
「恥ずかしくなって……しかも手紙を落としちゃってさ、また書くのもなんだから今度は直接言おうって思ったんだけど、二度と会えなかったんだよ」
「ふーーーーーん」
妹はふんっと顔を背ける。
「機嫌直してくれよお」
「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーんだ!」
後ろからでもわかる妹の膨らんだ頬っぺを見て俺は思わず笑ってしまう。
おかげであの日は妹の機嫌を取るのが大変だった。
家に帰って膝に座らせ頭を小一時間撫でてようやく機嫌が良くなってくれた。
★★★
あの時は延々栞を撫で続けさせられたから、手と足がかなり痺れたなあ……と俺は思わず現実逃避をしてしまう。
しかし状況は全く変わっていなかった。
目の前にはクスンクスンと泣く先生、机の上には何故こんなところにあるのか全く意味不な、俺の書いたラブレター……。
ヤバい……もしこんな事が栞にバレたら、俺の手の皮の命運は尽きてしまうだろう。
いやいや、そんな心配をしている場合ではない。
俺の目の前には泣いている女性がいるのだ。
「せ、先生……えっと……どうしてこれを?」
「ふ、ふええええええええええん、まだ思い出してくれないいいい!」
「あ、す、すみません……今思い出しますので」
俺は片手をこめかみに埋め込み脳を直接揉み解す……なんてどこかの吸血鬼みたいな真似が出来る筈もなく、精一杯無い頭をフル回転させ思い出そうとする。
ああ、こんな時は栞や、そしてなんでも一瞬で記憶してしまうあの……『天才のいとこ』を羨ましく感じる。
とりあえず記憶を引き出すにはキーワードが必要だ。
そしてそのキーワードはこのラブレター……それを書いたのは小学生の時、しかも低学年……そしてそれを渡そうとした相手は…………そ、そうか! 簡単な答えだった。
その相手が先生なのか!
「随分と変わって……無い……変わらなさすぎて逆にわからなかったよ!」
先生は、あの時よりもさらに若く見えてしまっていた為に記憶が混乱していたのだ。
「お、思い出してくれた?」
「ああ、あの時かけていた眼鏡が無かったから、そうか……そのツインテールはそういうことか……俺に思い出して欲しい為に……」
この年でツインテールをしているから変な先生だって思ったけど、俺に思い出して貰う為に無理をして……そこまでして……。
「ううん、ツインテールはずっと前から好きでしてるの」
「違うんかい!」
俺に思い出して貰いたくてじゃなく、先生自らの意志でツインテールにしてました~~!
「会いたかった……ずっと祐くんに……」
うるうるとした瞳でじっと俺を見つめる先生のその顔は、まるで生まれたばかりの赤子を見つめる様に、聖母の様に慈愛に満ち溢れていた。
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