第17話 驚嘆

 スタジオは駅から徒歩十分の雑居ビルの四階にあった。


 こんな薄汚れた場所に本当にあるのかよと思いつつ、狭いエレベーターに四人で乗る。


 扉が開くと一直線の廊下があって、壁には三つのドアが等間隔に並んでいた。


「こっちこっち」


 神薙はなんの迷いもなく廊下を突き進み、一番奥の扉の前で止まる。みんなが後ろに来たことを確認すると、スマホの画面と見比べながら暗証番号を入力して、オートロックを開けた。


「さ、扉はリサが開けて」


 神薙が聖澤に扉を開けるよう促す。


「私が、ですか?」


「もちろん。リサにとって記念すべき日だから」


「え、えぇ……と。じゃあ」


 神薙の笑顔の圧に負けた聖澤が、恐るおそるといった感じでドアノブを捻る。


「失礼しま――やばい! なにここ!」


 聖澤の声が弾み、吸い込まれるようにしてスタジオ内に消えていく。「でしょ!」「そうっすよね」嬉しそうに神薙と柳川も部屋の中へ消えた。諒太郎もその後に続いて足を踏み入れ――内と外のあまりの違いにその場から動けなくなった。


「すげぇ……」


 部屋の中は、半分が鏡台とロッカーと更衣室が並んだ簡素な空間で、もう半分は和室だった。見事な茶室が再現されてある。窓の向こうには枯山水が広がっていたが、さすがにそれは描かれたものだった。しかし、それ以外の障子や掛け軸、生け花等、本格的すぎて引くレベルだ。しかも、大剣女子戦記の中に出てきてもおかしくないような空間でもある。


 ちなみに、今回コスプレをするのは神薙と聖澤を含めて計六人。大剣女子戦記に登場する主な戦姫と同じ人数だ。他の四人はすでにスタジオに到着しており、四人とも笑顔で聖澤を迎え入れてくれた。


 同士と出会えてよほど嬉しいのか、聖澤はすぐにみんなと打ち解けていた。




  ***




 六人がコスプレのために着替えるというので、諒太郎は一旦外に出た。更衣室があるといっても、なんとなく居づらかったのだ。


 暇なので、近くのファミレスで昼食をとることにする。戻ってきていいよとのラインが聖澤から来たのが、それから一時間後だった。


 まあ、コスプレだしそれくらいかかってもしかたないよなぁと思っていたので、待ち時間は相当長く感じましたよ!


 扉の前に立つと、一時間前に来た時とは別の緊張感に包まれているのを実感する。


 自分は異世界につながる扉の前に立っているのだ。


 大剣女子戦記の中に入れるのだ。


 もしウヨがこの場にいたら、いったいどんな反応を見せるだろう。飛び上がって喜ぶか、写真を何枚も取りまくるか、それとも自分もコスプレをして大剣女子戦記の中に入ろうとするか。


 きっとそのどれもだな。


 諒太郎は手汗をズボンで拭いてから、教えてもらっていた暗証番号を入力し、扉を開ける。


「あ、おかえりー」


 白いミニスカートをはためかせながらかけよってくるのは――紛れもなく須藤蘭子だ。


 もちろん頭の片隅では、須藤蘭子のコスプレをしている聖澤だとわかっているのだが、諒太郎はこの時、本物の須藤蘭子に声をかけられたと思っていた。メイクに時間をかけられたおかげか、コスプレのクオリティが格段に上がっている。衣装だって、彼女の家で見た時のそれが見劣りするほど、細部まで完璧に作りこまれていた。


「なんか、すごいな」


「なんかって、具体的には?」


 聖澤はなぜか頬を膨らませて不満を表明している。


「具体的にって……すごいものはすごいんだよ。褒めてるんだからいいだろ」


「どこがどうすごいのかちゃんと教えてよ」


 大きな瞳に見つめられ、諒太郎は思わず目を逸らす。


 こいつ時々、すげぇ女の武器使ってきやがんだよなぁ。


「まあ、なんつーの。前に見た時よりも、本物の須藤蘭子に見えるってことだよ。美しさに磨きがかかって、クオリティが上がってる」


「ほんとに?」


「ここでうそ言う必要ないだろ。ってかそれ、どうやってここまで運んだんだよ?」


 諒太郎は話題を変える意味も込めて、聖澤が背負っている大剣に視線を移した。たしかキャリーケースしか持っていなかったはずだ。このサイズの大剣が収まるとは思えない。


「あ、これ?」


 聖澤が待ってましたと言わんばかりに得意げな顔をする。


「実は分解できるようになっているのですよ」


「そうなの?」


「あの大剣がそのままあったら、隠す場所ないし親にばれるじゃん」


「……なるほど」


 まあそれもそうか。


「おーいリサ! 早く撮ろー」


「うん! じゃまたね。泰道くん」


 神薙の呼ぶ声に反応した聖澤は胸の前で手をひらりと振ってから、大剣女子戦記のキャラクターが勢揃いしている茶室へ戻っていく。よく見ると、他の五人もものすごくクオリティが高いコスプレをしている。神薙は……武藤乱菊やってんだっけ? ってかあんな胸大きい人いたか? 一重の人って二人くらいいたような。あの顔のリアルな傷どうやって再現してんだ?


 コスプレイヤーのガチのメイクってすげーなと感心しながら、諒太郎は近くにあったパイプ椅子に座った。六人のコスプレイヤー――もはやその言葉を使うことすらおこがましい――大剣女子戦記のメインキャラたちは、柳川の構えたカメラの前で次々にポーズを決めていく。


「いいっすねー」


「ナイス表情っす」


「リサちゃんもっと前かがみになれるっすか?」


「次は表紙再現したいっす」


 柳川のテンションも徐々に上がっていく。


 当然だろう。


 被写体の六人にはそうさせる魅力がある。


 見ているだけの諒太郎も、楽しくて仕方なかった。それぞれが必殺技のポーズを決めている時なんか、桜吹雪や雷、荒れ狂う波などが背景に広がっているように見えた。

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