第12話 同調圧力
「……え?」
以外だった。聖澤の趣味がコスプレ? ごついプロレスラーの趣味がお菓子作りって聞かされている気分だ。しっくりこない。
「ま、当然そういう反応になるよね。でもこれは、本当なんだ」
それから聖澤は、コスプレに興味を持ったきっかけを話してくれた。
「一年前にさ、コミケを取材する番組があって、そこでコスプレしてる人たちを見たら私もやりたくなって。あんなに堂々と別人に、そのキャラになりきってるのがすごいなって、羨ましいなって思えて。コスプレしたら私も別人になれるかなって」
「なるほどなぁ」
図書準備室で彼女の悩みを聞いていたから、コスプレに魅力を感じるまでの過程は理解できる気がした。
「それで、その時見たキャラクターを調べたら、大剣女子戦記ってラノベのキャラクターだったの。じゃあ早速って読んだらめっちゃはまって。その中でも、自分を決して曲げないこの須藤蘭子に惹かれて、なってみたいって思って。まあ他のキャラもいっぱい作ってあるんだけど」
早口で紡がれた彼女の言葉が、別の声に変換されて耳の中で暴れる。
――俺、須藤蘭子、大好きなんだよね。自分を決して曲げないから。
ああ、この鼻に引っ掛かるような声はウヨだ。
ウヨの、男なのにどこか中性的な顔が脳裏に浮かぶ。
あの言葉にウヨはいったいどんな思いを込めていたのだろう。
「泰道くん? どうかした?」
不安げにこちらを見つめる聖澤の声が、後悔の渦から諒太郎を救出してくれた。
「へ? あ、いや……いいじゃんその趣味って思ってただけだよ」
「いい? ……さ、蔑んだりしないの?」
「するかバカ。誰にも迷惑をかけてないし、犯罪でもないんだ。他人の好きなものを否定するとかありえない。いまは多様性の時代だぞ。魚がぴちぴち跳ねる様子にしか性的興奮を抱けないやつだって世の中にはいるし、同性愛者がいることも普通になった世の中で、コスプレ程度で非難とか」
「でも普通の高校生は、まあきっと大人だって多様性って言葉を知ってるけど、その人がそれを好きで誰にも迷惑かけてないのに異物を排除するっていうか、異物は攻撃していいんだって認識だし」
「同調圧力すごいもんな」
「結局はみんな、自分が受け入れられる、理解できる範囲の多様性しか認めてなくて。それに同性愛はもうメジャーだし、なんか非難することが格好悪いみたいな風潮じゃん? ってかコスプレは同性愛よりバカにされることだと思う。ほら、同性愛は対人だけど、コスプレは対二次元だから、普通の人には理解されないっていうか」
「そんな難しいこと考える必要ないだろ。ここまでのクオリティを作れるほどお前はコスプレに情熱を注いでいる。それでいいじゃん。そんなものに出会えている時点で人生勝ち組だ。自分が理解できないってだけで迫害を始める普通の人間よりよっぽどな」
あと人は好きなものを語る時はたいてい早口になるからな、とつけ加えると、聖澤はなにそれやっぱりバカにしてるでしょ、と唇を尖らせた。
「でもありがとう。……はうぅ。コスプレした姿を誰かに見せたの初めてだったから、緊張したよぉ」
大剣を大事そうに抱きしめながら、崩れ落ちるようにぺたんと床の上に女の子座りする聖澤。
それほどまでの不安と緊張を抱えていたということか。
「初めてって、本当にそのクオリティで初めてなのか?」
「だって私ってそんなキャラじゃないし、こういうの一緒にやれる友達いないし」
「またキャラかよ。お前は一発屋芸人でも目指してるのか」
「私はひな壇で活躍できないんですぅ。またキャラなんですぅ。……でも!」
目を伏せた聖澤は、しかしすぐに顔を上げ、なぜか自信満々に宣言した。
「泰道くんにはコスプレのこと、言ってもいいかなって思いまして!」
「……お、おう」
諒太郎は赤くなっているであろう顔をごまかすために麦茶を飲もうとしたが、喉になにも流れ込んでこないことで、空だったことを思い出した。
「泰道くんは友達だし、信じられるし……だからね」
すくっと立ち上がった聖澤がこちらに歩み寄って来て、諒太郎の横に座った。スカート短すぎて立ち上がる時と座る時に中が見えるかと思いました。
「泰道くんに、私のコスプレ仲間になってほしいなって、思うの」
「は?」
「ほら、泰道くんってどことなく大剣女子戦記のリールス大佐に似てるし。そもそも秘密を共有してるのが泰道くんしかいないし」
ダメですか? と小首をかしげ、潤んだ瞳でじいっと見つめてくる聖澤。しかもなんか甘いにおいがするし、絶対領域近いし、スカート短いし。こいつ女子の武器をありったけつぎ込んできやがった!
「俺は嫌だよ」
アメリカの大統領やロシアのスパイだってころっと落ちてしまいそうな誘惑に諒太郎は打ち勝つ。
「俺にはそんな趣味はないし」
「だよね……ごめん」
しゅんとなる聖澤。
諒太郎は申しわけなさを感じて、別の提案をしてみることにした。
それは聖澤がコスプレを他人に見せる勇気を出したことや、あんなにもキラキラした目でいかに自分がコスプレ好きかを語ってくれたことも、関係していると思う。
「まあでも、コスプレができる場所の提供ならしてやれるかもしれない」
その提案は、諒太郎にとって自身の傷を抉る行為なのだが、聖澤の熱意に応えてやりたいという気持ちの方が今は勝っていた。自分の心に素直になるのを我慢するなんて、人生がもったいない。
「え? 場所って、どういうこと?」
「だから、コスプレ仲間ってやつ。俺の知り合いにお前と同じでコスプレが趣味のオタクがいるんだ。まあ、知り合いって言ってももう三年くらい連絡とってないから、確証はできないけど」
「それほんと? いいの?」
「俺から提案してるのにいいもなにもあるか」
「ありがとう!」
俺の手を取ってぶんぶんと上下に振る聖澤。その満面の笑みを見てしまったら、やっぱり逃げるという選択肢はもう取れなくなった。
「……あ、でも」
はしゃぎまくっていた聖澤の表情に影ができる。
「その人、オタク……なんだよね? コスプレが趣味ってことは」
「まあ。でも、お前も立派なコスプレオタクだよ」
「そう、なんだろうけどさ」
聖澤は申しわけなさそうに笑う。
「その……私、ちょっと怖くて」
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