第24話 これまで、これから

 翼の心は晴れ渡っていた。


 昨日の沈んだ気持ちがうそのように、今日は清々しさ満点でこの玄関ポーチに立っている。


 ウタがあんなに楽しそうに笑ってくれた。


 自分基準ではあるけれど、あれはかなりの笑顔だったと思う。


 普段のぶっきらぼうでさばさばしたウタを知っているからか、はにかんだ時に細くなる目と頬にできるえくぼに愛おしさすら感じた。


 でも、ウヨと呼ばれていたウタの親友が引き出していた笑顔には、到底及ばない。


 だけど今日で一歩前進ということで、このままいけばいつかウタのあの笑顔が見られるはずだ、と前向きな気持ちになれた。


 そして、もしそれが達成できたなら……。


「さて、と」


 小さく息を吐いて、浮かれた心を落ち着かせる。いつもより帰りが遅くなってしまったから、厳格な父母になんて言いわけすればいいだろう。男の子と遊んでいて遅くなった、って正直に言ったら怒られるだろうなぁ。


 そう思った途端、ぞわり、と砂の部分が疼く。


 体に鎖が巻きつく。


 とりあえず、大剣女子戦記のフィギュアだけは見られるとまずいので――遊んでいたことがばれるプラス両親が毛嫌いしているオタク趣味がばれるという意味で――箱が傷つくのは心苦しかったが、鞄に押し込んだ。


「ただいま」


「ちょっと翼! 何時だと思ってるの!」


 予想通り母親がリビングから飛び出してきた。


「何時って、十時過ぎだけど」


「どうしてこんなに遅くなったの」


 ほら。


 遅かったわね、ご飯は食べてきたの? って優しく聞いてくれる母親だったらどんなによかったか。


「みんなとファミレスで勉強してたら遅くなって」


「ファミレスって、いつもはそんな場所で勉強しないじゃない」


「気分変えた方が集中できるかなって。わからないところも気軽に質問できるし」


 どれだけ理由を並べても、母親の不機嫌は収まらない。


「私、ご飯もファミレスで食べたからもういらない。お風呂入る」


「翼、ちょっと待ちなさい」


 その後もぐちぐちとなにか言い続ける母親の横を通って階段を上り始めると、リビングからお父さんまで出てきた。


「待ちなさい翼。さっきのは本当かい?」


 足を止めて振り返ると、お父さんが眼鏡をくいと押し上げていた。


「本当っ、て?」


「みんなで勉強していた、という話だよ」


「本当に決まってるじゃん。わざわざうそつく必要ないし、なんでそんなこと聞くの?」


 お父さんはいつもこうだ、と翼は心の中で舌打ちする。


 ねちねちねちねち。


 娘の言ったことを必ず一度疑う。


「翼が、父さんたちになにか隠しているんじゃないかと、心配しているだけだ」


「なにもないよ。本当に勉強してただけ」


「ならいいが、みんなでやるよりも、家で一人、集中できる環境でやりなさい。そうしないと身につくものも身につかなくなるぞ」


「検討しときまーす」


 もう面倒くさくなって、翼はあしらうように言って階段を駆け上った。


「待ちなさい、翼」


 父親の声がさらに鋭くなったが、無視して部屋に逃げ込む。


「もう、ほんとなんなの」


 鞄の中から須藤蘭子のフィギュアを取り出して眺める。


 誰かが階段を上ってくる足音が聞こえたので、急いで鞄の中に戻した。扉の向こう側でその足音が止まり、母親の声が聞こえてくる。


「ちょっと、翼。さっきの態度はないんじゃないの」


「反省してまーす」


「また……。早くお風呂入ってしまいなさい」


「はーい」


 苛立ちを押し殺しながら、お母さんとの会話を終了させる。


 なんでこの家はこんなにも居心地が悪いんだろう。


 苦しいんだろう。


 でも。


 昔だったらこのままベッドの上で泣いていたけど、今は違う。


 ウタがいる。


 カナタさんやヤナさんといった、自分の大好きなものを共有できる仲間がいる。


 それを思い出すだけで、リサでいられる時間があるだけで、私は生きていけるんだ!


 翼はスマホを取り出して、ウタに今日の感想メッセージ送った。

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