第33話 〝英雄〟の血脈
「来てくれたか!」
一日の強行軍で東スレクト村へ到着した僕らを待っていたのは、小集落の狩人アウスだった。
「アウスさん? 集落はいいんですか?」
「今は村の狩人たちが警戒している。俺は、君達が到着したか確認するためにこっちへ来たんだけど……タイミングがよかったみたいだな」
「アウス、気持ちはわかるがこっちは一昼夜徹夜してるんだ。すぐには動けないよ」
ウィルソン氏が、狩人に苦笑する。
僕らとしてもすぐに動きたいところではあるが、疲労があるのも確かだ。
「なら、俺も出発まで一緒にいるとするよ。どうも村の連中、俺を毛嫌いしてるみたいでさ。ちょっと居づらいんだよね」
「何かあったわけ?」
「いや、元々さ。俺も妻もよそ者だからね。それに生まれた子の泣き声が
アウスの言葉に、些か驚く。
「生まれたんですか?」
「ああ、元気のいい男の子でね。今は妻と一緒にこっちに避難してきている」
軽く話すアウス言葉に、僕はほっとする。
無事に生まれたことも喜ばしいが、今回の依頼の懸念が一つ減ったのは大きい。
最悪な場合、これで最終防衛ラインを小集落より南側に設定することもできる。
小集落の住民にとってはたまったものではないだろうけど。
「なら、アウスは参加しない方がいいんじゃない?」
「そうもいかない。もし
そう笑う顔はどこか無理して笑う父に似ている。
人の親となれば、背負うものが違う。もしかすると、それが父親にこの顔をさせるのかもしれない。
僕も父となればこんな顔をするのだろうか?
そんなことを考えながらちらりとチサを振り返る。
……何を考えているんだ、僕は。
今は集中しなくては。
寝不足で少しばかり情動が壊れているのかもしれない。
そんな僕を姉の言葉が現実に引き戻した。
「ノエル、プランを」
「うん。僕たちはこれから八時間の休息をとります。その後、集落に移動して
僕の言葉にウィルソン氏とアウスが頷く。
姉とチサには既にこれらを説明済み──というか、ウィルソン氏に無理をした強行軍も僕の発案によるものだ。
もし
神出鬼没とはいえ、向こうにイニシアチブを完全にとられるわけにはいかない。
「君達の実力はよく知っているが、対応できるのか?」
ウィルソン氏の不安ももっともだ。
なにせ、現着してる冒険者は僕たちだけなのだから。
「避難の時間稼ぎくらいはしてみせますよ」
「ノエルったら謙虚ね? あたしは
姉が小さく笑いながら流し目を僕に向ける。
「……ノエルもでしょ?」
「僕は、そんな」
首を振る僕に、姉がなおも笑う。
「あんたったら、やっぱり根が〝賢人〟なのよ。
「ないけど」
「きっと、戦ってる時のあたしと一緒の顔してるわよ」
そうだろうか?
言葉に引っ張られて、戦闘中の姉を思い浮かべる。
〝狂化〟で赤く輝く目と、肉食獣のような獰猛さが美しい姉を。
いや、あんないい顔はしていないはずだぞ!
……と、チサをちらりと見るがその顔には苦笑が浮かんでいた。
どうやら、姉と同じ意見であるらしい。
「プランと戦略の中で自分がどう動くか、どう戦うかを想像してる顔だったわ。魔技師の戦いは戦闘前に始まってるとはよく言ったものね」
「それは僕が非力な『
僕の言葉に姉が首を振る。
「いいえ、違うわ。あなたも〝英雄〟の血脈を継ぐ人間だからよ」
姉にそう言い切られて、僕はたじろぐ。
これまで〝出涸らし〟とばかり呼ばれ、僕を〝英雄〟の血を継ぐものだなどという人はいなかった。
姉の口からすらも、いま初めてそのように言われたのだ。
「だいたい、ただの『
それは初耳だ。
ただ、確かに姉がパーティを組んだのは本当に冒険者になりたての頃だけだったように思う。
「うーん。〝英雄〟の事はわからないけど、私も君がただの『
「俺も同じ感想だよ。少なくとも、ノエルは俺より優秀な狩人になれるよ?」
二人の言葉を受けて、心に温かなものが満ちるのを感じる。
これはきっと僕に必要なもので、今まで気づかなかったものだ。
〝英雄〟の子。
〝出涸らし〟たる弟。
誰も彼もが別の評価基準で以て僕を見ていた。……僕自身でさえ。
おそらく僕に必要だったのは、外の世界だったのだ。
〝英雄一家〟アルワースに囚われない価値基準で僕を見てくれる『他人』。
そして、僕が自身を客観的に評価するためのフィールド。
この四十年前の世界には、それがある。
もちろん、『
多くの人が僕という人間をそれで以て評価するだろう。
だが、父もまだ生まれていないこの時代であれば。
僕は僕自身の価値を、自分で決めていいのだ。
「……うん。僕、やってみるよ。ありがとう、ウィルソンさん、アウスさん」
「いい顔になったわね。さ、休憩に行きましょ」
姉が軽く笑って、ウィルソン氏が用意した小屋へ歩いていく。
その後ろについて歩こうとした僕の手を、チサがそっと握った。
「ふふ。チサはノエルの活躍が見たいです」
「任せて。きっと、がっかりさせないから」
柔らかな手を握り返しながら、僕は気合を入れ直すのだった。
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