第31話 〝溢れ出し〟
結局、僕らが〝
安い報酬ではないが、六等級特進などという前例のない無茶をやらかすよりはずっとマシではある。
報酬を取り付けたところで、僕たちは空き家の一つを借り受けて準備を始めた。
出発までの三日間の間に、僕らは大急ぎでそれを整えなくてはならない。
その規模、
ただ、それを分析をしている最中に気付いたことがあった。
「もしかしたらだけど、〝
僕のつぶやきに反応して、魔法薬を分別していた姉が振り返った。
「その可能性はあるわね。だって
「あの、無学で恥ずかしいのですけど……〝
僕の横でもじりとしたチサが、おずおずと尋ねてくる。
その仕草を妙に可愛らしくて今すぐに抱きしめたい衝動に駆られるが、姉の手前、僕はそれをおくびにも出さずに説明を始める。
長らく〝出涸らし〟などと呼ばれていたら、ポーカーフェイスくらいは身についてしまうものなのだ。
「ええと、〝
「拡張現象、ですか?」
「うん。昔はこれも〝
いまだその正体については諸説あるが、中には
今回の〝
そして、『ベルベティン大森林』はその中央に存在する
『ベルベティン大森林』は範囲を拡大していくタイプの
逆説的に、
もしかすると、東スレクト村周辺はすでに環境マナが
これを調べるには専門の研究チームが必要だが、その礎を作ったのも父だ。
この時代では、基礎理論も存在しない。
「では、あの
「どうかな。でも、実際に東スレクト一帯は十数年前に迷宮化して、一度滅んでいるんだ」
「その話は聞いたことがあります。解決されたのはおじ様だと」
「うん。父さんとお婆様が攻略したって記録があった」
こうしてみると、父の偉大さがわかる。
『
僕が、〝出涸らし〟などと言われるわけだ。
自嘲しつつも、僕は手元の作業を進める。
〝英雄〟ならぬ〝出涸らし〟の自分であれば、より準備は入念にせねばなるまい。
僕は僕にできることを、できるだけやるしかないのだ。
「どっちにしろ、止めるしかないのは一緒よね」
「うん。でも、対策は少し変わってくる」
「そうなのですか?」
再び首をかしげるチサに僕は頷く。
「〝
「同じく人を襲うようですが……?」
「結果は同じでも、やっぱりちょっと違うんだよ」
〝
内包する
被害に遭うのは主に人間の都市や集落でその習性は謎に包まれてはいるが、明確な害意を持った敵対的行動である。
対して、〝
それを担うのが
そして、この二つの最も大きな違いは、
〝
種族も種類も生息域も違う
今回、僕が〝
あの
実際に見るのも初めてなので誤りもあるかもしれないが、咆哮で周囲の
大群を形成する能力は厄介で危険だが、あれが〝
「うん、ノエルの言う事は筋が通ってるわね。どうする? 報告する?」
「いや、やめておこう。まず〝
「それもそうね」
納得する姉に頷いて、僕は
『塔』の地下工房であれば、もっと精度の高い作業ができるのだが、四の五の言ってはいられない。
一応、
「しかし、ノエル様はすごいですね。話しながら
「慣れの問題だよ。それに、僕はこれしかできないし」
そう苦笑する僕の隣で、チサがなぜかぽかんとした顔をする。
何かおかしなことを言っただろうか?
「エファ様。チサは、どう反応したらいいですか」
「その反応で正しいわよ。ノエルったら、もうずっとこの調子なのよね」
「ヘンですよ」
「ヘンなのよ」
女子二人が何やら笑い合うのをよそに、僕は黙々と
とにかく、精度が足りないなら数で押すしかない。
父のごとき魔法使いならぬ魔技師の僕は、戦う前が主戦場なのだから。
いま、この時にできることをできるだけしなくてはならないのだ。
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