第9話 暴走

「うっ……!」


 たかだか起動スイッチと侮ったか。

 ごっそりと体から魔力を抜かれて、一瞬意識がふわりと浮く。

 いやいや、広域に埋没する巨大な魔法道具アーティファクトなのだ。

 そりゃたくさんの魔力マナを必要とするだろう。

 興味に任せて先走った僕が悪い。


 幸いなことに、一度空を泳いだ意識はすぐに戻ってきた。

 周囲一帯を揺らす震動が、そうさせたからだ。


「地震……? いや、これのせいか」


 足元から軋むような駆動音と、強い震動を感じる。

 この震動……おそらく魔法道具アーティファクトの起動による影響だ。


「いいから、早く外へ! 崩れるわよ! きゃぅ」

「わっぷ」


 穴の上から姉が手を伸ばす……が、その手に触れる前に、姉も穴へと転がり落ちてしまった。それほどに揺れが大きくなっていたのだ。


「大丈夫? 姉さん?」

「大丈夫だけど、まずったわね」


 魔法道具アーティファクトの駆動音はますます大きくなり、震動も強くなっていく。

 当然、掘っただけの穴は徐々に崩れ始めていた。

 墓穴を掘る、なんて言葉があるがまさか文字通りの危機に直面するとは思わなかった。


「──これにおつかまりください!」


 困っていたところに、声と共に穴の中へロープが投げ込まれる。

 アケティ師の声ではない。女性の……どこか聞き覚えがあるような声だった。


「姉さんから」

「なんでよ!」

「先に出て、僕を引き上げて。そっちの方が早い!」

「なるほど! わかったわ!」


 情けないことに、僕の筋力では鎧を着た姉さんを引き上げられない。

 ロープを投げ込んでくれた主でもどうかわからない。

 それなら、僕が踏み台になって姉さんを上に上げたほうが確実だ。


 それに、もし失敗して埋まったとしても僕なら何とかなるかもしれないし……万が一が起きても、姉より人的損失は少ない。


「くぅッ!」


 揺れる足元に何とか踏ん張りをきかせて姉を押し上げる。

 穴の上からちらりと顔をのぞかせたのは、青い髪の少女。


「ノエル様もお早く!」

「……チサ?」

「左様にございます。さ、お早く!」


 声に促されるまま、ロープを握るが……気付いてしまった。

 足元の異変に。うっすらと青い光が漏れている。

 これは、魔法道具アーティファクトの起動に失敗した場合に、時折見るものだ。


 魔力回路に過剰に魔力が滞留し、暴走する兆候。

 多くの場合、必要以上の結果を出力する事故となるが、この大規模な魔法道具アーティファクトが暴走すれば、一体どうなってしまうんだ?


 これは、まずい。

 この様子だと、僕の脱出は間に合わない。

 ならば、と僕は露出した巨大魔法道具アーティファクトのスイッチ部分に手を添える。


「姉さん、チサ! 今すぐここを離れてッ! 魔法道具アーティファクトが暴走する」

「何ですって……早くこっちに!」

「起動者は僕だから多少のコントロールがまだ効く。暴走を遅らせるからチサとアケティ師を連れて安全な場所に!」


 手から伝わってくる魔法式と魔力回路を肌で感じて頭で解析する。

 複雑怪奇で意味不明だが、要所要所の魔力導線はなんとなくわかった。

 これは、魔技師を目指す僕の数少ない特技の一つだ。


(暴走は止められない。じゃあ、規模だ……規模と範囲を何とかする! 何の魔法式を内部展開しているかはわからないけど、『範囲指定』の魔法式は僕でもわかるぞ。でも、なんて魔力マナの量だ……! 地脈レイラインから直接魔力を引っ張ってるんじゃないだろうな……!)


 考察を後回しにして、推測頼りの対策を、今できる精一杯をこなす。

 それでも刻一刻とタイムリミットは迫っていた。


「アケティ師はチサと一緒に送ってきたわ! ノエル、はやく!」

「姉さん! 何で戻ってきちゃったの!」

「姉だからよ!」


 そう言いながら、僕は少しばかり嬉しくもあった。

 何が起こるかわからない状態で一人っきりは少し心細くもあったからだ。

 その気のゆるみが、よくなかったのかもしれない。


 足元から浮遊感が広がった。

 手元の水晶がパキリと割れて、駆動中の魔法式が僕の制御から離れる。


「あ……ッ!?」


 足元から漏れたまばゆい光が周囲に広がって、視界を埋め尽くしていく。


「ノエル!」

「ノエル様!」


 誰かが触れる感触があって──……直後に強い浮遊感。

 まるで空中に投げ出されたような感覚のあと、僕は地面に投げ出された。


「いてて……どうなった? えっと……」


 自分の体を確認する。

 幸いなことに、欠損どころか出血もない。尻もちをついた際の痛みがあるだけだ。

 小さく息を吐きだして、周囲を確認する。


 足元にあったはずの巨大魔法道具アーティファクトはすぐ隣にあり、この尻もちはそこから転落したものだとわかった。


「……! 姉さんは!?」


 首を巡らせると、姉はすぐに見つかった。

 というか、僕のすぐ後ろにいて、ケガはないが気を失っているようだった。

 そして、その隣には久方ぶりに言葉を交わした幼馴染の姿もある。


「二人とも無事みたいだ。それにしても……ここ、どこだろう?」


 ようやく冷静さを取り戻した僕の目に映る景色は、先ほどまでいた北の森とは似ても似つかぬ場所だった。

 崩れた石壁の連なる、まるで廃墟のような景色に僕は思わず息を飲む。

 冷静さが、事態の異常さを逆に際立たせてしまっていた。


「もしかして、僕ら……どこかに跳ばされちゃったのか?」

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