【コミカライズ化決定】国立大学法人東京魔術大学 ─血継魔術科─
おめがじょん
前科1:バカと魔術と全裸男
「人類が魔術という異能を得て
「君、よくこの状況でそんな台詞が吐けますね」
気分は最低。ガラス越しに見える景色は晴天。
未だ季節は少しだけ肌寒く、それでも照り付ける日光のお陰で縮まるほどの寒さはなかった全裸でパトカーで連行されている身ではあるが、それでも太陽への感謝の念は忘れたくはない。パトカーの中には男が三人。酒臭い金髪の全裸男と、制服警官が二人。
「それで、もう一度聞くけどお名前は?」
「
「どうでもいいです。本当にあの"伊庭"家で間違いないですよね? 嘘だと言って欲しい所ですが」
「嘘ではありません。実家に確認して頂いても結構です」
「確認しましたが、そんな男は知らんと」
「悲しい事に僕勘当された身なんですよ。でも、流石にこの状況では認知して頂きたい所でしたが」
「私も自分の息子が全裸で寝ていて警察に捕まったと聞いたら、認知するかどうかは微妙な所です」
「世知辛い。魔術という技術がいくら発達しても、人の心は冷たくなるばかり」
「その格好で感傷に浸りますか」
「全裸ですからね。あらゆる事に敏感なんですよ」
──これは長くなりそうだ。勤続四十二年、矢田文雄巡査長はため息をつく。長年復興関係の仕事だったが都内に転属となり、最後の奉公でとんでもないのが来た、と。
「ご職業は?」
「学生です。東京魔術大学、
「それは素晴らしい。全裸でなければ信じたのですが……。学生証は?」
「野球拳で負けて取られました。保険で股間の上にテープで張っておいたんですよ。まぁ、結局全裸にされましたが」
端末を操作し、東京魔術大学への照会依頼をかける。現実であれば話は早い。だがこの男が日本の魔術学校の最高峰に通っていると信じたくない。学部も凄い。血継魔術科なんて数年に一度少数しか合格できないレベルと聞いている。彼自身の息子も東京魔術大学を目指して勉強していたからその辺りは知っていた。
「伊庭さん。まだ今なら間に合います。本当の事を言ってください」
「……すいません。実は一つ嘘つきました」
「ほお」
「実は僕、四男なんですよね。三男が嫌いなので、罪を擦り付けたくて……」
「もう結構! 続きは署で」
つい語気が荒くなってしまった。自制しようと息をつくが、
「警視庁から各局、丸の内管内調査方。銀座駅周辺にてG事案発生。付近移動は現急し、マル被の完全確保、事案の解明にあたられたい。以上」
無線から流れる緊急案件。しかもG事案だ。
「G事案ですか。うちの学科にも応援依頼来てそうですね。このまま現地に向かっては? そこで自分の身の潔白を証明します」
「全裸な時点で潔白も何もないんだがね」
もはや敬語を使う事すら疲れてきた。G事案とはテロの事だ。
三十年前にこの国で起きた大規模な魔術師の抗争事件以来、テロは多い。東京二十三区も七区が壊滅し、今も復興中。その首謀者の魔術師は殺されたものの、残党達はこうして年に何度もテロを起こす。警官だけでは防ぎきれない昨今、外部の魔術師の手も借りる事も多い。たとえ、こんな子供であってもだ。それ程までに東京魔術大学という学校の名は大きい。仕方が無いので現急の連絡を無線に告げ、後輩に道を指示する。
「君の言う通りにしよう」
「ありがとうございます。……嫌な時代ですね。"あの魔術師"が死んで以降、魔術は衰退の一途を辿っていますが、今度は"魔動力"なんてものが出てきましたからね」
「魔動力か。君にかけた手錠も随分と変わったよ。昔は捕縛魔術を夜遅くまで練習してたが、今やそれだけで魔術から何から全部封じられるんだから」
魔術──人間が持つ魔力という意思の力は、世界を改変する力を持っている。
その魔力を先人達が作った事象の"型"に変化させ、世界を改変する事を現代では"一般魔術"と呼ばれている。だが近年その魔術を利用した"魔動力"という技術が全世界に普及していた。機械に魔力を送り込むだけで望んだ事象を起こせるのだ。集中も要らない。勉強する必要もない。それでいて出力は並みの魔術師以上。そして、現代では魔動力を使った犯罪が社会問題となっていた。
「ええ……お陰で腹痛を止める魔術かけたいんですけど、どうにもならないんですよ」
「間違いなく全裸が原因だね。絶対に漏らさないように」
「人権侵害だ!」
ぎゃんぎゃんうるさいので話題を変える事にした。本気で漏らされたら冗談ではすまない。
「君のお仲間が来ると言っていたが、何人ぐらい来るんだい?」
「僕の学科は全部で七名なんですけど……間違いなく上級生三人は来ません。変人ばかりなので」
「随分と少ないもんだ。本当に少数精鋭なんだなぁ」
「あんな愚かしい人格破綻者が六人もいる時点で終わってますよ」
「君も十分愚かしいと思うのだけど……」
「多分、僕の同級生が現地に居る筈です。朝方まで一緒に飲んでたんで。そいつが僕を全裸にした真犯人です」
「野球拳したと言ってなかったかな?」
「おっぱい見せろって迫ったら野球拳で勝ったらねって言うからやったんです! 完全に被害者じゃないですか!」
「勝手に罪状を追加しないように」
そうこうしている内に現場までたどり着いたようだ。無線で現着連絡を入れ、仕方が無いので全裸も連れて外に出る。
「うわ」
酷い惨状だった。綺麗だった銀座駅周辺のテナントは破壊しつくされ、男達が暴れまわっている。所轄の人間は周囲を囲い、避難指示をするぐらいしかできない。巡査部長も三十年前は最前線にいたが、今できる事はこれぐらいである。前には攻撃魔術をかじった警察官が行ってるのであろう。だが、その中に異質な存在があった。
「女の子?」
そこに居たのは茶色い髪にを後ろで一つに縛った女の子。ぶかぶかのパーカーに細身のパンツを履いたスポーティーな格好の子だった。銃や斧を構えた男達の間を踊るように飛び跳ね、蹴りを中心に攻撃をしている。
「あれ、僕の同級生です。千ヶ崎って名前です。あいつと野球拳をしました」
「この状況で野球拳の話をするんだ……。助けにいかなくていいの?」
「僕、ああいう中途半端に強い奴らと戦うと本当に足手まといなんですよ。普通に負けます」
情けない発言過ぎた。胸を張って言う事じゃないとため息がでる。
「もう少し前に行きましょう──。僕達の学科に居る人間しか使えない、"血継魔術"が見れますよ」
蹴りを終えた少女は、右手の親指を噛んだ。
じんわりとした鈍い痛みと共に血が流れだす。
魔術にも多くの種類がある。攻撃魔術。防御魔術。治療魔術等無数の数が。
だが、どれも努力次第では取得可能なものである。それらは総称して一般魔術と呼ばれている。だが、血継魔術は違う。かつての強大な魔術師達が編み出した自分の血を媒介とした特殊魔術だ。その威力は一般魔術の比ではない。人間が殺し合いに費やした年月と共に廃れてきたそれは、現代ではほぼ残っていない希少な魔術だ。
「ぶっ飛べ!」
嵐が吹き荒れた。恐ろしい程の風。轟音の雷。叩きつけるような雨。体感にして十秒。
それでも人を殺傷するには十分な時間だ。嵐が吹き荒れた後は、男達の倒れた姿が残るのみ。思わず背筋がぞくっとした。すると、少女と目が合った。だがすぐに視線はそれ、横の全裸へと。そして、はじけるように笑った。
「おーっす! 八代じゃん! めっちゃウケんだけど、マジで警察に捕まったんだ!」
「誰の所為だと思ってんだよ!」
「あんたが野球拳で負けたのが悪いんでしょ。あたし、昨日ノーブラだったのになー」
「なっ──!?」
愕然と項垂れる全裸。そんなショックな事だろうか。こうしてみると何処にでもいる普通の学生と全裸の変態だ。本当に異常な光景だった。笑い合う二人。倒れる男。気にせず男達を逮捕する警察官達。東京は酷い魔境となっている。
「うわっ。めんどいのが出てきた」
千ヶ崎はそう言うと近くの建物に目を向けた。
外を守っていた男達がやられればどうなるか。後は人質をとるだけ。
案の定、虹色の剣を持った二人の男が出てきて、その傍らには人質の姿。"魔剣使い"のようだった。舌打ちと共に、千ヶ崎の体が浮く。次の瞬間、加速し魔剣を持った男へ蹴りがぶつかる──が受け止められた。そのまま回転し、もう一撃見舞おうとした時には目先を虹色の剣筋が通過していく。
「うおっと」
指を鳴らし、雷を一撃。斬り裂かれる。
背後から殺気を感じると共に、高く跳びあがる。
──と、既に迫っていたもう一人の魔剣使いの剣筋が通過していく所だった。
流石の千ヶ崎も顔が歪む。
「魔剣か。君の実家が作った兵器のようだね……」
魔剣──古より人類の進化と共に現れた血継魔術の一つだ。
その最高の血筋が、今目の前にいる全裸の伊庭家である。自身の一族の魔剣を複製し、兵器として流通させる事で莫大な利益を得ており、この国の七大名家にも数えられている程だ。
「ですね。──だから、僕が解決します」
一瞬躊躇ったが手錠を外す。ここまで来たら信用するしかない。八代は優しく笑うと親指を一度噛む。彼の血継魔術の発動だ。
「千ヶ崎。後はこっちでやる」
「うーす。んじゃ、後はあんた頼むわ」
魔剣を持った男達は突然の全裸の侵入に一瞬唖然とする。
だが、すぐに攻撃意思を向け、
「死ね」
八代が一言呟くと同時、虚空から黒い剣を引き抜き一度振る。
それだけだった。虹色の剣が突如制御を離れ、テロリスト達を襲いだす。
貫き、切り裂き、引き千切る。
ああ、と矢田巡査長は昔の事を思い出した。
三十年前の事件を。あの災厄の魔術師が使っていた剣──"支配の魔剣"。
能力は確か、全ての魔剣を支配する事。
「君は……一体?」
「東京魔術大学、血継魔術科二年伊庭八代と申します。"魔剣"の伊庭家の四男で、"あの魔術師"と同じ能力を持った所為で、勘当中の身なんですよ」
そう言うと「嘘じゃなかったでしょ?」と悪戯っぽく笑った。
その人懐こい笑みは年相応のものであったが、やっている事はどこまでも魔術師らしい、冷淡な人殺しそのものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます