第24話「広がる景色」

 廃墟というのは灰色だ。遺跡だったら、長い年月をかけて水や緑が浸食し、そこに自然や生命を感じる見た目になる。


 でも、廃墟は違う。ただ破壊され、瓦礫になり果てた場所は、命を感じられない寒々しい灰色一色の光景になる。

 この世界に転生してから、何度となく、俺はそういう光景を見てきた。見るたびに否応なく本来の姿を想起させられ、もの悲しい気持ちになる。


 俺達の前に広がるのは、そんな光景だった。

 クレストの町から歩いて三日くらいの距離。景色が広がる畑から、低い山々になっている地域。銀の森に接してはいないが、付近にあるのは小さな集落が一つ。

 そんな場所の山中に、できたての廃墟が広がっていた。


「少なくとも、元々ここにあったものじゃないな」


 相当な衝撃で地面にぶつかったのだろう、半球状をしていたらしい構造体は地面に衝突して砕けていた。元々の巨大さのおかげで原型はなんとかわかるが、半球の上部にあった庭園部分は一度ひっくり返したかのようにぐちゃぐちゃになっている。


 そこに生えていたであろう植物は折れ、埋まり、葉も花も殆ど無い。大理石のような白一色で構築されていたらしい建築物も半ばで折れたり崩れたりしている。

 なにより、全てがないまぜになってしまって、全体の色彩が灰色になってしまっていることが、ここが廃墟であることを如実に示していた。


「間違いありません、空中庭園です」


 ユニアの声は上から来た。今は、出会った時の水晶体の中にいた時と同じ、鎧姿だ。背中にたまに魔法陣を瞬かせて、空に浮かんでいる。

 ワルキューレは飛翔の魔法の力を生まれつき供えている。彼女はそれを利用して上からの偵察だ。

 移動の時もそれで運んで貰った。おかげで歩いて三日のところを半日で到着した。空を飛ぶ魔法というのは難しくて、俺は得意じゃない。移動に関してはユニアの手を借りるのが最速だ。


「建物の雰囲気が神界で見たものに似てるな。最近落ちてきたのは間違いなさそうだ。近くに敵は?」


「敵影無し。報告にあったワイバーンは周辺にもいないようです」


「巣に帰ったかな? ユニア、友達のワルキューレがどのあたりにいると思う?」


「彼女は多くの場合、庭園中心部でお茶をしていました。ワルキューレ相手の時は出迎えに赴かない人でしたので」


「じゃあ、そこを目指そう。上から頼めるか?」


「はい。最短ルートでご案内致します」


 そう言って差し出して来たユニアの手を掴むと、俺の体は自然と浮かび上がった。翼による飛翔ではなく、魔法による飛翔。魔法の力で重力を振り切るその感覚は自分がいきなり風船になったみたいで不思議な感覚だ。


 五メートルくらいの高度に達したユニアは、そのまま俺を目的地に向かって運び出した。手で持ち上げられているが痛みは無い。周辺に結界を張って飛んでいるようだ。握った手は、あくまで魔法の影響範囲内にするためだ。


「なあ、あの辺、ブレスの跡じゃないか?」


「ワイバーンとは違う爪痕も見えます。建物の崩れ方が酷くて正確に判断できませんが、広範囲での戦闘があったようです」


 崩れた建物のをよく見ると、焼けた跡や、巨大な獣による爪痕がある。ワイバーンはブレスを吐かないし、巨大な柱を斜めに引き裂くほどの攻撃もできない。


「ドラゴンの痕跡が複数。レッサーではありませんね」


「よく見ると、死体が埋まってるな。空中庭園の戦力ってのは大したもんだな」


 よく見ると瓦礫の隙間から尻尾なんかが覗いていた。全部で五匹分くらいだろうか。


 ドラゴンはその大きさから、レッサー、エルダー、エンシェントなどに分類される。長く生きるほど大きくなり、賢く、強い。レッサーとエルダーの間が普通のドラゴンとされるが、それが数匹飛来するだけで小国が傾いてもおかしくない。


「ヒルガルドの任務は空中庭園の管理。その中には防衛も含まれます。神具であるこの庭園と共にあることで、通常のワルキューレよりも高い戦闘力を発揮できます」


「……まさか、神具と同調しているワルキューレなのか?」


 俺の問いに、ユニアは無言で頷いた。物憂げな視線は瓦礫の山を見つめている。

 ヒルガルドというワルキューレが神具と共にあるなら、庭園が廃墟と化した今、どうなっているのか。


 さすがにその問いを口に出すことはできなかった。ただ、彼女の友達がまだ健在であることを祈っておく。神界で出会った、どの神でもいい。どうか、ユニアを友達と再会させてほしい。


「反応ありです」

 

 俺の祈りを知ってか知らずか、淡々と告げてから、ゆっくりと高度を下げた。

 降り立った先は庭園の中央から少し外れた建物の前。誰の趣味かわからないが、可愛らしいデザインの小さな小屋だ。周囲の壊れ具合と比べると、不自然なくらい健在な建物だった。


「ここは無事だな」


「彼女のお気に入りの建物です。魔法で保護したのかも知れません」


 先を歩くユニアは、閉まったドアを軽くノックする。乾いた木を叩く音が静かな廃墟に響いた。


「…………」


 中から返事は無かった。


「……入ります」


 少しの逡巡を見せてから、ユニアは扉を開けて中に入った。勿論、俺もそれに続く。


「ユニア、これは……」


 室内に入って、すぐにそれは見つかった。


「はい。彼女がヒルガルドです」


 座り心地の良さそうな木製の椅子。そこに座る人影があった。

 長い金髪に長身の、優しそうな印象を受ける女性。

 ユニアと同じ細工の鎧を身につけていることが、ワルキューレの証だ。


「…………」


「…………」


 俺もユニアも挨拶の言葉が出ない。


 なぜならば、空中庭園の管理者は穏やかに眠っているかのように目を閉じていたからだ。

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