第21話「きっかけ」
きっかけは、庭で家庭菜園をしている近所のお年寄りだった。
暇な雑貨屋で暮らすことになったユニアは早速時間を持て余し、散歩が日課になった。俺は店番が好きだし、目覚めたばかりの彼女が慣れるにはちょうどいいと思って好きにまかせた。ここは治安もいいし。
ユニアは近所の人々と凄い勢いで仲良くなった。情報収集用のワルキューレという出自によるものか、コミニュケーション能力が高く、想像以上に早く町に溶け込んでいった。
そして、近所のお年寄りの家に招かれた時、ユニアは出会った。家庭菜園に。
本人曰く、「種を蒔いて、世話をして、じっくり時間をかけるのが楽しそうに見えた」とのこと。
どうやら、お年寄りに農作業を手伝う内に楽しさに目覚めたらしい。
いきなり「農具と種と肥料をください。それと庭を耕す許可を」と言われた時は驚いたが、今では日常の光景の一つになっている。
最初は小さな畑のつもりだったが、フレナさんがやってきて「花もいいわよね」と言ったことで花壇を作ることになった。同時に、女の子を一人で働かせているという噂が立つのを恐れた俺が手伝い始めたことも大きいだろう。
「あれは危なかった。なんか近所の人の見る目が厳しいと思ってたんだよな……」
「店長、意外と外面を気にするのですね。わたしはこの程度では疲労を感じないので気にしていなかったのですが」
「別に世捨て人として生きたいわけじゃないからな。近所づきあいもするよ。それに、農業も悪くない、アウトドアに使えるからな」
雑草を抜きながら軽く答える。最近雨が降ったので、余計な草が増えた。こいつらを放って置くと、作物の生育を悪くしてしまうのだ。
自分で育てた作物をキャンプに使う。悪くない話だ。むしろ楽しみですらある。
「それです」
「それ……とは?」
草取りが終わった区画に水を撒いていた手を止めて、ユニアが俺の前にやってきた。表情からして少し咎める雰囲気すらある。俺、なにもやってないぞ。
「ハスティ様に聞きました。……店長、キャンプの際、高級食材を食していますね」
「あの師匠、余計なことを……」
キャンプに行った際、収納魔法に入っているお高い食べ物を出すのは俺の習性だ。当然、留守番しているユニアはそれを食べることができない。
「留守番しているわたしにも同様のものを要求します。正当な報酬かと」
「……わかった」
これは断れない。完全に俺の落ち度だ。自分の楽しみに目が行っていて、ユニアにまで考えが及んでいなかった。
「店長のことですから、せっかくの高級食材を焚き火で焼いたりしているのでしょう。わたしが家で素晴らしい料理に仕上げる方が食材も幸せに違いありません」
「なんだと。外で作った料理はなんか不思議な力が働いて美味しいんだぞ」
自分の料理が雑であることは否定できないが、味までは否定させない。いつもと違う環境で食べるのは格別なんだ。ちなみにユニアは料理が上手い。家庭料理から宮廷料理まで一通り作れるとのこと。高性能なワルキューレである。
「店長がそう思うならそうなのでしょうね。とはいえ、これで商談成立。フレナさんにお礼の一つもできるというものです」
「それが目的だったのか」
しっかり日頃の礼を考えているとは、人としての器の違いを感じてちょっと凹んだ。俺も何か考えよう。
「そういう話なら収納からなにか出すよ。肉でも果物でも、言ってくれ」
「では、両方で」
迷わず出てきた答えに軽く笑いつつ、魔法を発動した瞬間だった。
いきなり、全身を震わせるような声が響いた。
<<天より来たるものを 見届けよ>>
言葉は短いが、物理的な重量を持っているかのような声が、俺の全身を打つ。
どこから響いたかわからない、音だったのか魔法なのかも定かでもない、ただそれを放った存在の強大さだけが伝わってくる。もはや現象とでもいうべき、これは……。
「神意を感知しました。店長、今のは」
「神託だ。多分、戦神ミストルだな」
「それはまた大物ですね」
表情の変化は乏しいが、ユニアは明らかに驚いていた。戦神ミストルはこの世界でもかなりメジャーな存在で、大きな神殿を構えている。信者も多く、神としてもかなり強い部類だ。
そんな戦神に俺はそこそこ気に入られている。『魔王戦役』の時、最初に神託で接触してきたのもこの神だ。
神託とは、神からのアドバイス、あるいは依頼だ。放っておくと大抵酷いことが起きるので、無視はできない。
「それで、神託の内容は?」
あれだけの声だったのに、聞こえたのは俺だけ。神託は大抵単一対象の一方通行だ。
「天から来たるものを見届けよ、だったな」
「曖昧ですね……」
「いつもこうなんだよな」
神託というのはどうもアバウトなのが難点だ。神々によると、あんまり具体的に言うとそれはそれで運命が変わってしまうこともあるので、結果に影響が出ないようにざっくりした言葉になるとのこと。
「天からとか言っても覚えがないな」
「わたしもです」
田舎暮らしで情報収集もしていない俺達には何のことだかさっぱりだ。
「あ、二人とも休んでるのね。ちょうど良かったわ」
頭を捻っていると、店番をしてくれていたフレナさんがやってきた。その手には一通の手紙がある。
「どうかしたんですか?」
「冒険者協会からイスト君に急ぎの手紙。うちの店から今届いたの」
差し出された手紙を、俺は手袋を外してから受け取る。嫌な予感がするが、開けないわけにいかない。特に今は。
中に入っていた手紙に目を走らせる。
「ラートの町の協会に急いで来てくれだそうです。お願いしますって三回も書いてある」
「三回、それは相当ね」
ラートというのはこの辺りで一番大きな町で、そこにはちゃんと冒険者協会支部がある。支部長が腰の低い苦労人で関係者には有名だ。
「すぐに出かける準備をします。ユニア」
「はい。わたしもご一緒します」
「え、ユニアちゃんが強いのはわかってるけど、平気なの?」
「無理はさせませんよ」
この一月、ユニアはちょっとしたことで魔法を使ったり、高い身体能力を披露したりしているおかげでフレナさんも強く止めてこない。計画通りだ。
「イスト君の雑貨屋さんは休業ね。お客さんの用件はうちの店で聞いておくわ」
「ありがとうございます。ユニア、畑の世話は……」
「近所の皆さんにお願いします。今日の草取りをしておけば、大きな負担にはならないでしょう」
すでに近所の人に畑の世話をお願いできるほどの関係性を築いていたか。恐ろしい子だ。
「お土産、買って来ないとな」
「そうですね」
思った以上に地域の人々に支えられていることを実感した俺達は、そんな決意を固めるのだった。
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