第19話「変わる日常2」

 雑貨屋に到着すると、迎えてくれたのは店長さんだった。


「おう。いらっしゃい。よく来たね」


「こんにちは。親父さん、色々気を遣って頂いてありがとうございます」

 

 高級酒の入った木箱を置きながら、店長さんに礼を言う。フレナさんの父親は髭の似合うナイスミドルといった感じの方で、腕利きの商人だ。町に物品を供給する雑貨屋だけでなく、酒場まで経営している。


「気を使ったとかじゃなくて本当に困ったんだよ。急に言われても、この町で高級品なんてそんなにないしね」


 親父さんの店は雑貨屋と酒場のどちらも大きいが、町の人向けの商売だ。

 もっと賑わっていたという『魔王戦役』の時ならともかく、人が減って静かになった今は在庫の種類が減っているのだろう。


 俺は木箱の蓋を開けて、中を見せる。緩衝材代わりの木くずの間から、高級酒の瓶が顔を覗かせた。


「一応あるものから選んでみたんですけど、どうです?」


「……完璧だよ。君の所の倉庫はどうなってるのか、一度見てみたいな」


 良かった。リストにあった要望通りではないが、十分に満足いくものだったようだ。


「倉庫の中は企業秘密なので勘弁してください。危険なマジックアイテムもあるんで」


 やろうと思えば全ての商品を収納魔法に保管できる俺だが、怪しまれないように倉庫を使っている。貴族や冒険者向きに中級程度のマジックアイテムも置いていて、うっかり触ると危険なものも中には存在するのだ。

 

「わかってるよ。お代は後で町長さんから貰った後になるけどいいかな?」


「それで大丈夫です。助かります。この前の依頼の報酬も入りますしね」


 キメラの件が通って、依頼の報酬は増額だよ、と親父さんは伝えてくれた。

 フレナさんと同じく、最初は俺を警戒していた人だが、今では何かと気にかけてくれている。こういう縁は大切にしたい。


「冒険者の仕事をしてくれるのは本当に助かるよ。そうだ、良い話を教えよう。北の方にあるウジャスの町でゴタゴタが起きててね。周りも巻き込んで戦争寸前らしい。武器の需要があるかもしれないよ?」


 俺に対するサービスのつもりか、親父さんが聞き覚えのある情報を教えてくれた。

 たしかに、あのままゴタゴタすれば店の武具を売る良い機会になったんだろう。

 だが、それはもう終わった話だ。この世界の情報の速度を考えると、親父さんはなかなかの早耳である。目の前に当事者がいるのがおかしいんだ。


「あー、それなんですが。俺も聞いたんで、昔の仲間に連絡取ってみたんですが、普通に解決しそうらしいですよ」


 そう答えると、親父さんはあからさまに落胆した。


「なんだ。せっかくイスト君に儲け話をしてあげれると思ったのに」


「ありがとうございます。でも、俺としては傭兵相手に武具を売るよりも、この町が賑やかになって普通に商売できる方が嬉しいですね」


「たしかに、戦争なんかより、そっちの方が長く商売できそうだ」


 俺の本心からの言葉に笑顔を浮かべながら答えつつ、木箱を運ぶ親父さん。

 その背中に問いかける。


「フレナさんとユニアは部屋ですか?」


「少し前まで騒いでたよ。そろそろ降りてくるだろうね。女の子を引き取るなんて、やるもんだねぇ」


 感心だよ、と言いながら親父さんは奥に消えた。

 雑貨屋は二階立てで、そこにフレナさん達の居住スペースがある。そちらに向かう階段がある扉に目を向けると、タイミングを図ったかのように開かれた。

 

 そこから現れたのはフレナさんと服を着替えたユニアだ。

 ユニアは地味なシャツとズボン姿から、ブラウスとスカート、さらにエプロンを身につけていた。青を基調に整えられたその服装は彼女の銀髪と合わさって、とてもよく似合っていた。


「どうよイスト君! 素材がいいからとても可愛くなったわ!」


「満足です」


 二人してドヤ顔だ。上でとても楽しい時間を過ごしたらしい。


「よく似合ってると思いますが。いいんですか?」


 着替えた服以外にもユニアは袋を持たされていた。多分、中にあるのはフレナさんの古着だろう。買った時は結構な金額だったはずだ。


「いいのよ。私にはもう着れないものだから。お父さん、いっぱい買ってくれるけど中古に流すの嫌がるのよね。でも、ユニアちゃんを見たら、服を着てたまに顔を見せてくれればいいって」


「顔を出します。頻繁に」


 親父さんが娘であるフレナさんを溺愛している。

 もしかしたら、ユニアの世話を焼くフレナさんを見て何か思うところがあったのかもしれない。あるいは、ただの美少女好きか。どちらだろうか。


「正直助かるから遠慮無く頂きますが……」


「持っていって! 挨拶代わりよ!」


 フレナさんが見たこともないくらいの笑顔で言った。挨拶ということは、今後もあるんだろうか。こんなことが。


「ありがとうございます。フレナさん。大切にしますね」


「こちらこそ、楽しかったわ。お店に色々仕入れておくから是非とも遊びに来てね」


「頻繁に来ます」


 どうやら、ユニアの給料の使い道が決まったようだ。


 その後、軽く雑談してから店に戻ることになった。一応、ユニアに仕事を教えなければならないし。


 フレナさんの雑貨屋は町の中心にあるため、付近は石畳で舗装されている。家の周りの土の地面とは違う感触を楽しみつつ、のんびり歩きながら、俺達は町外れの自宅に向かう。


 時刻的にまだ午前中だ。これから今日をどうすごそう。そういえば、銀の森で使ったキャンプ道具、まだ手入れしてないな。

 頭の中でそんな風に予定を立てていると、隣を歩くユニアは急に口を開いた。


「ここは良い所ですね」


 軽く笑みを浮かべながら言う銀髪のワルキューレは、実に満足気だった。


「ああ、平和で治安もいいし。近所の人も親切だ」


「ここでゆっくり過ごすのも悪くないと判断します」


 早くもこの町を気に入ってくれたらしい。彼女にとっても幸先の良いスタートだ。


「俺もできればそうしたいな……」


 ここ数日の戦いを思い出す。

 当たり前だが世界は色々な事件で満ちている。正直、ここでまったり生活していることを負い目に感じることもある。


「ハスティ様が言っていました。店長はどこかの国で役職に就くのではなく、遊軍的な扱いをするのが一番良いかもしれない、と」


「いつそんなことを?」


「着替えている時です」


 昨夜、服を用意してユニアが着替える時、俺は外に出ていた。

 まさかそんな話をしているとは思わなかった。こういうのは直接言って欲しい。あるいは、その時の思いつきを口にしただけかもしれない。

 それでも、今の状況が認められているのは、有り難いことだと思える。 


「とりあえず、この生活を守れるように頑張るとするか」


「良い考えだと判断します。……おや、あちらに屋台が出ていますね」


 久しぶりに訪れる町の様子に目を奪われるワルキューレに苦戦しながら、俺は家路に着くのだった。

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